他国の領空侵犯などに対応する戦闘機の「スクランブル(緊急発進)」。現場ではどのように考えているのでしょうか。最前線に立つふたりの司令に、スクランブルの意味や重要性について話を聞きました。

日本に近づく他国機発見、そのとき航空自衛隊

 航空自衛隊は過去たった一度だけ、対領空侵犯措置任務中に戦闘機が実弾を発射した事例があります。1987(昭和62)年12月9日午前、ソ連(当時)空軍のツポレフTu-16爆撃機が日本の領空を侵犯し、さらに沖縄本島を縦断するという例のない乱行にでました。これに対し当時、那覇基地に配備されていた戦闘機F-4EJ「ファントムII」がスクランブル(緊急発進)、20mmバルカン砲の信号(警告)射撃を実施しています。

 1991(平成3)年にソ連が消滅しそれまでの東西冷戦が終結すると、スクランブルの回数はいったん大幅に減少します。しかし2000年代に入ると、ロシアの復活と中国の経済成長にともなう軍拡によって再びスクランブルの回数は増加に転じます。2014年度の航空自衛隊は、冷戦期のピークに匹敵する943回のスクランブルを行いました。これは歴代第2位の記録です。2015年度は全体で873回と減少したものの、中国機に対するスクランブルは増加し571回に達しています。また、2016年度上半期の緊急発進回数は594回であり、そのうち中国機に対する緊急発進回数は合計で407回でした。

ソ連製ツポレフTu-16爆撃機と同型の中国空軍H-6爆撃機。たびたび南西諸島間を通過している(写真出典:防衛省)。

 現在、かつてのソ連機のように、沖縄本島上空を縦断するような暴挙が他国によってなされることは考えにくい状況にありますが、近年における中国機の活動は東シナ海にとどまらず、南西諸島のあいだを通過し太平洋にまで進出するようになっています。特に2015年11月27日には中国軍H-6戦略爆撃機8機、Tu-154情報収集機1機、Y-8情報収集機1機、Y-8早期警戒機1機の合計11機が日本の領空に接近し、一部は沖縄本島と宮古島のあいだを通り太平洋側へ出るという大規模な飛行が確認され、戦闘機が発進しました。

空の「治安」もそれ以上も、守れるのは空自のみ

 那覇基地の戦闘機部隊を指揮する第9航空団司令 川波清明空将補は、航空自衛隊における「対領空侵犯措置」の重要性について次のように語ります。

「陸の治安を守るのは警察のミッションで、それが守れなくなったときには陸上自衛隊が出てまいります。海は、海上保安庁がまず一義的に治安を維持します。昨今の尖閣でも海上保安庁ががんばってくれています。そしてその範疇を超えたときに、『海上警備行動』として海上自衛隊が出てまいります。しかし空の場合は治安を守るのも、それから治安を超えたところを守るのも航空自衛隊だけなのです。中国の爆撃機が多数通過した際も、我々は領空へ近付かないように、あるいは近寄ってきた場合においても『領空から退去せよ』ということを言える態勢を取りながら、いわゆる『行動の監視』という形で、戦闘機を緊急発進させています」(第9航空団司令 川波空将補)

スクランブル対象となったロシア機側から撮影された第304飛行隊のF-15J(写真出典:ロシア空軍)。

 航空自衛隊は、有事に際しての任務だけではなく、平時における治安を守る役割も重要な任務のひとつであると、川波司令はいいます。また2016年1月31日をもって那覇基地の戦闘機飛行隊が倍増し、F-15は約40機体制となったことに触れ、以下のように続けました。

「他国の航空機の接近をきちんと注視できる態勢をとるという意味でも、ここ(那覇基地)に2個飛行隊を置くことは非常に大きな意義があります。国民の皆さんに対しては空の治安の部分で守れる力が増えたということで、安心を提供できるのではないかと思っております」(第9航空団司令 川波空将補)

相手に「姿を見せる」ことの重要性とは

 那覇基地にはE-2C早期警戒機が配備されており、また南西諸島の各地にはレーダーサイトが設置され、常に領空へ接近する国籍不明機がないか警戒監視を行っています。そのうえで、なぜさらに戦闘機が必要なのでしょうか。レーダーで監視し、無線で退去を促すだけでは不足なのでしょうか。南西諸島方面における最高指揮官である、南西航空混成団司令 荒木淳一空将(取材当時。「荒」は正しくは「ボウ」の部分が「トツ」)は次のように述べました。

「レーダーで監視するだけではなくて、『姿を見せて適切に行動を監視する』というところが大事だと思います。我が国の領空に対して入ってくる可能性のある軍用機などは、まずは識別をして行動を監視しておかないと、スピードが速いのであっという間に入ってこられてしまいます。特に尖閣諸島のように『自分たちの領土だ』と言っている国がその上空を勝手にグルグルと飛び始めて、我々がなにもしないでいると、『何もしなかったじゃないですか』という言い掛かりをつけてくることにもなり、南シナ海のように既成事実を作られることにもなりかねません。必ず我々で可能な対応をきちんとするというのが大事だと思います」(南西航空混成団司令 荒木空将(取材当時))

 有事に対する備えに限らずとも、治安を守りそして既成事実を作られないためにも、スクランブル発進できる態勢を常に維持しておくことは極めて重要であると、最前線を守るふたりの司令はともに強調します。中国に対するスクランブルが増加する非常に厳しい状況において、那覇基地のその重要性は今後さらに増してゆくことになるでしょう。

【写真】日本の空を守り続けるF-4EJ「ファントムII」

F-15「イーグル」に主力戦闘機の座を譲ったのちも、日本の空を守り続ける航空自衛隊の戦闘機F-4EJ「ファントムII」。原型機の初飛行は1958年(画像出典:航空自衛隊)。