第8回 「復旧、復興とクラブと私。」その2  文・山雄樹

そして、あの激震が熊本を襲った。

4月14日(木)午後9時26分に発生した「前震」では、益城町で震度7を記録した。地震の規模を示すマグニチュードは6.5。震度6強を記録した自治体はなく、チームは、17日(日)にアウェイ・京都市西京極総合運動公園陸上競技場で行われる第8節京都サンガF.C.戦にむけて準備を進めていた。しかし、16日(土)午前1時25分の「本震」では、再び、益城町で、さらに、西原村でも震度7を記録。震度6強を記録した自治体も、南阿蘇村、菊池市、宇土市、大津町、嘉島町、宇城市、合志市、熊本市の中央区、東区、西区と広範囲に渡った。マグニチュードは7.3。

「本震」の揺れの強さ、被害の大きさは「前震」とは比べ物にならなかった。益城町に住む畑実、森川泰臣の自宅は全壊し、ロアッソも全選手の3分の1に当たる9人が避難所暮らしや車中泊を強いられた。まず、第8節京都戦の中止が決まった。その後、19日(火)には、23日(土)にホーム・うまかな・よかなスタジアムで予定されていた第9節横浜FC戦、21日(木)には、第10節モンテディオ山形戦(29日・NDソフトスタジアム山形)、第11節愛媛FC戦(5月3日・うまかな・よかなスタジアム)、第12節北海道コンサドーレ札幌戦(5月7日・札幌ドーム)の中止が、それぞれ決まった。

モンテディオ山形は、地震の影響でロアッソの練習環境が整わないことを知ると、試合前にグラウンドなど、その環境を準備することを、愛媛FCは、ロアッソのホームスタジアムうまかな・よかなスタジアムでの試合開催が困難だとわかれば、ホームゲームとアウェイゲームの入れ替えを申し出た。またJリーグは、チームごと、練習や選手の生活拠点を県外に移し、リーグ戦を参加することなど、支援策を提案した。

それでも、選手達は「熊本に残って、戦うこと」を自ら選んだ。地震発生から1週間後の4月21日、外国籍選手など一部を除くほぼ全員の選手、清川監督をはじめとするチームスタッフ、池谷社長らクラブスタッフが熊本県民総合運動公園内にあるクラブハウス(スポーツ交流館)に集まった。Jリーグからも原博美副理事長をはじめ職員が熊本を訪れていた。今後の方針が徹底的に話し合われた。その場で行われた会見で、池谷社長は「こちらが思っていた以上に、選手達の熊本への思いが強かった」と驚きを隠さず語った。

選手達は、トレーニングと避難所や学校でのサッカー教室など復興支援活動を両立させながら、リーグ戦復帰への準備を進めること、つまり困難を伴ったとしても、「熊本とともに歩むこと」を決意した。

巻誠一郎は「サッカーできる環境じゃない選手もいます。でも、皆、熊本に残って、熊本のために、何かをしたいと言ってくれました」と、実家が全壊した畑や森川を思いやり、涙しながら、「また、今までみたいな素晴らしい熊本を、今まで以上の熊本をつくっていきたいと思います。僕ら皆の力で」と力強く前を向いたのだった。熊本県内だけでなく、中央のメディアも多く訪れ、巻の言葉や表情に涙する者もいた。この日、5月15日(日)、フクダ電子アリーナでの第13節ジェフユナイテッド千葉戦からリーグ戦に復帰することが決まった。

ホーム・うまかな・よかなスタジアムは、損傷や安全の確認が取れず、また、全国各地から届く救援物資の輸送拠点や避難所となり、試合会場として使えなくなった。5月22日の第14節水戸ホーリーホック戦は、柏レイソルのホーム・日立柏サッカー場で、5月28日の第15節FC町田ゼルビア戦は、ヴィッセル神戸のホーム・ノエビアスタジアム神戸で、6月は、8日の第17節ツエーゲン金沢戦と、19日の第19節カマタマーレ讃岐戦は、サガン鳥栖のホーム・ベストアメニティスタジアムで、4試合が県外での開催となった。クラブ関係者によると、「Jリーグ側が、日本中で使用できるスタジアムを探してくれて、そのなかから、私達(ロアッソ側)が選ぶ」形で会場が決まっていった。

ロアッソのリーグ復帰戦が、巻が「特別なクラブ」と話す古巣千葉との試合だったことや、熊本地震の後、最初のホームゲームが、池谷社長や清川監督の出身クラブである柏のホーム・日立柏サッカー場で行われたことは、やはり不思議な因縁を感じさせる。それも、5月22日に使用できるスタジアムは、唯一、日立柏サッカー場だけだったという。5月28日の町田戦は、ノエビアスタジアム神戸と湘南ベルマーレのホーム・Shonan BMWスタジアム平塚の2つの会場から、神戸を会場に選んだ。1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から復興を遂げた神戸で試合が行われることにも大きな意味があった。

それぞれの試合で、対戦相手のサポーターは「熊本」や「ロアッソ熊本」というコールや、激励の言葉を記した横断幕で、熊本に、ロアッソに、エールを送った。「サッカーファミリー」の心の温かさ、絆の強さを知ることができた。また、水戸の西ヶ谷隆之監督が「熊本に失礼のないようなプレーをする」が語ったように、対戦相手は全力で立ち向かってきた。「正々堂々と戦うスポーツの素晴らしさ」を実感した。また、水戸戦は、熊本市中心部の繁華街、新市街アーケードでパブリックビューイングが行われ、大型モニターの前でおよそ700人もの県民が声援を送った。「スポーツが持つ力」を、再認識することができた。

その一方で、勝敗という「勝負の厳しさ」を痛感させられたことも事実だった。熊本地震の後、リーグ戦に復帰して4連敗(0対2千葉・0対1水戸・0対2町田・1対2岡山)、リーグ戦を通して、クラブ史上ワーストの6連敗と、本当に勝てなかった。キャプテンの岡本賢明は「プロとして結果を出すのが、すべてだと思う。結果を出すからこそ、いろいろとプラスアルファがついてくる。そこができなかったら、自分達の存在意義がなくなってくると思う」と自らの価値を問うほどまでに、重い荷物を背負っていた。一方、そんな選手達に対し、サポーターも「自分達だけで背負うなよ。俺達にも背負わせてくれよ」と叫ぶなど(第16節ファジアーノ岡山戦・6月4日・シティライトスタジアム)、それぞれがぞれぞれの立場で悲痛な思いを抱えていた。

また、試合への準備という面でも、苦闘が続いた。熊本地震の「本震」発生から5月2日に練習を再開するまでの16日間、2週間以上もの間、チーム全体でのトレーニングを行うことができなかった。さらに、5月にもかかわらず、インフルエンザがチームを襲った。リーグ復帰戦(5月15日・第13節千葉戦)の前日、黒木晃平、キムテヨン、中山雄登、佐藤昭大という中心選手4人が発症。その後、清武功暉、柳一誠の2人も発症し、次の試合(5月22日・第14節水戸戦)を欠場せざるを得なくなった。

そして、地震の影響で延期になった試合は、夏場に組み込まれ、8月21日の第30節ギラヴァンツ北九州戦から9月11日の第31節愛媛FC戦まで、3週間でリーグ戦5試合、天皇杯2試合のあわせて7試合という過密日程を強いた。

清川監督は「選手の疲労や、コンディションの部分が大きかった。プラス、一戦一戦戦うと言っても、連戦になってくるので、3試合先も見ながら、戦い方、戦略の部分も含めて、選手を見て、どこで使って、どこでスキップして、1回休ませてとか、いろんなものが入ってきた。ここの3連を終えた後に、次の連戦で(選手が)壊れてしまうんじゃないかと思うぐらいだった」と続きに続いたゲームへの準備の苦労を語った。心労も実に大きく、「実際、今、振り返っても、何をどうしてきたかというのも、ちょっと思い返せないぐらい試合が続いていたと思う。振り返ると、なかなか思い出せないぐらいきつい時期だった」と話した。池谷社長によれば「(清川監督は)夏場には素麺も喉を通らない」ほどだった。

だからこそ、6月8日の第17節ツエーゲン金沢に5対2で勝ち、74日ぶりに勝利を挙げたこと、7月3日の第21節セレッソ大阪戦で85日ぶりにホーム・うまかな・よかなスタジアムでホームゲームが帰ってきたこと、7月20日の第24節の徳島ヴォルティスに1対0で勝ち、129日ぶり、そして、地震の後、初めて、ホームスタジアムで勝利のダンス「カモン!ロッソ」の声が響き渡ったこと、それぞれの喜びや、ホーム最終戦となった第41節FC岐阜戦を1対0で制し、J2残留を決めた、その価値の大きさを実感することができた。

今シーズンの戦いは、クラブにとっても大きな糧となるはずだ。運営会社アスリートクラブ熊本の池谷友良社長は、Jリーグからの支援に対し「感謝している」一方で、「問題提起」もある。「震災直後は、1億円ぐらいの赤字が出るんじゃないかという見込みを、Jリーグには提出していたが、何とか(赤字を出さずに)良い感じで終われそうな状況。熊本のスポンサーやファン、サポーターを含めて、それぐらいのいろんな支援を受けたということ。当初、見込んだ1億円ぐらいの赤字が出ずに、終わりそう」と、経営危機に陥ることを避けられたことについて、安堵の表情を浮かべる。

Jリーグは、オンラインストアを通して、「がんばろう 九州・熊本 チカラをひとつに。タオルマフラー」を5月15日から7月3日まで、販売した。J1・J2・J3の全53クラブのチームカラーをベースに、各クラブのエンブレム、そして、それぞれのクラブのユニホームを着た熊本県のイメージキャラクター「くまモン」がデザインされている。製作費を除いた収益がロアッソ支援金として寄付された。その金額は1135万0464円に上り、ロアッソが行う復興支援活動に役立てられる。

しかし、その一方で、池谷社長は「Jリーグに対して、『なんで?』って思うものもいっぱいあった。このリーグは昇格降格がある中で、何のあれ(降格しない保障)もないわけじゃないですか。(日程が)平等じゃないゲームがずっと続いてきた中で、『うーん』っていっぱい飲み込むものはあった」と胸に秘めた思いを打ち明ける。「これが、今後他のチームに起こったらどうするのか。これが5試合(の延期)で終わったから良いけど、7試合、8試合ぐらい中断していたら、尋常じゃないリーグになっていると思うんですよね。その時に『降格ですよ』って言われたら、『えっ』というに二重罰みたいになっていくと思うんですよね。問題提起はしないといけない」と説明したうえで、続ける。

「こういう震災は、どこにでも起こり得る。こういう中でやって(J2に)残ったという前例をつくったことは、他のチームに起こった時に、(今シーズンのロアッソと)同じということになりかねない。だから、僕らが提起しないといけない。皆で議論すべきだと思う。こういうことを経験して、次につながっていってほしい」。また、「サッカーの良さやサッカーの価値が問われたシーズンだった。来年は、熊本の復興が大きなテーマ。このクラブが、どうやって元気を県民に届けていくかということが大きな役割だと思う。いつも、目標はJ1とか、(昇格プレーオフ進出の)6位以内とか、あるんだけど、終わってみると、この辺の順位(今シーズンは16位)にいる。勝てないことの言い訳を探しているようだと、震災が起きて、自分を見つめ直して、感じている。そこを変えたいと思う。この規模であっても、夢を捨てちゃいけないし、チャレンジする戦いをしていきたい」とクラブを率いる社長として、目標を新たにした。
(つづく)

◇著者プロフィール:
山雄樹(やまさき ゆうき)
熊本放送(JNN・JRN)アナウンサー。1975年(昭和50年)6月16日、三重県鈴鹿市生まれ。立命館大学産業社会学部を卒業後、1998年熊本放送入社。主にスポーツの中継アナウンスや取材、番組制作を担当。系列のアナウンサーの技量を競う「アノンシスト賞」では、「テレビスポーツ実況」部門で二度、「ラジオスポーツ実況」部門で一度、九州・沖縄ブロック審査で最優秀賞、2015年度は、全国審査で優秀賞を受賞した。
 チーム発足時からJ2ロアッソ熊本の取材や応援番組の司会を続け、2008年のJ2参入以降は、スカパー!Jリーグ中継でホームゲームの実況をつとめる。