■2016クリスマス決戦、有馬記念(4)

「ゴールドアクターのオーナーだった親父が春に亡くなり、母馬のヘイロンシンも先日亡くなりました。ゴールドアクターにとっては、本当にいろいろなことがあった1年です。そんなつらい1年だったからこそ、最後は『有馬記念の連覇』で喜びたいですね」

 1年の総決算となるGI有馬記念(12月25日/中山・芝2500m)。昨年の覇者ゴールドアクター(牡5歳)にとっては、紛れもなく"特別な1戦"となる。

 今年の6月、ゴールドアクターの馬主である居城要(いしろ・かなめ)氏が、90歳で死去した。およそ50年前から馬主を始めた同氏にとって、初めてのGIタイトルが昨年の有馬記念だった。

 居城氏は、馬主とともに牧場経営も行なっていた。北海道新冠町の北勝(ほくしょう)ファームがそれで、ゴールドアクターの生まれ故郷でもある。自らの牧場で生産した馬を、そのまま馬主として所有する「オーナーブリーダー」だったのだ。

 同氏が亡くなったあと、ゴールドアクターの馬主や牧場の経営は、長男の寿与(ひさよ)氏が引き継いでいる。そもそも要氏が高齢になってからは、経営などはふたりで相談しながら行なってきたという。冒頭のコメントは寿与氏のものである。

 彼が引き継いだ北勝ファームは、スタッフふたりに繁殖牝馬が10頭ほどの小さな牧場だ。生まれた仔馬を売り出すことはほとんどなく、おおよそ自らの所有馬として走らせてきた。また、繁殖牝馬を盛んに購入することもない。父・要氏は生前、馬事業や牧場経営については常に「拡大しようと考えず、あくまで自分の身の丈でやれ」と、寿与氏に話していたという。

 この経営方針でなければ、ゴールドアクターは誕生しなかったかもしれない。それを物語るのが、母方に流れるキョウワアリシバの血だ。

 キョウワアリシバは、現役時代に目立った成績を残せず(19戦5勝)、種牡馬としても活躍馬を出せなかった。そのため、同馬の血は広がることもなく、ほとんど残っていない。ゴールドアクターの母ヘイロンシンは、そのキョウワアリシバを父に持つ数少ない繁殖牝馬だが、同馬を所有し続けたのも「親父がそういう経営方針だったから」と寿与氏は語る。

「販売目的の牧場経営だったら、ヘイロンシンは牧場に残らなかったかもしれません。キョウワアリシバの血統は実績が少なく、どうしても子どもは低い売り値になったでしょうから」

 だが一方で、寿与氏は、ゴールドアクターの活躍の裏に「キョウワアリシバの力がある」と信じている。

「キョウワアリシバ自身はアメリカから来た超良血馬で、ある調教師も『現役時に見て惚れ惚れした』と言っていたんです。また、親父が昔持っていたキョウワアリシバ産駒が、よく走ったんですよね。ヘイロンシンはその一頭で、オープンクラスの障害レースを勝ってくれました。キョウワアリシバには思い入れがありましたし、ゴールドアクターにもその力が現れている気がします」

 キョウワアリシバの姉は、アメリカのGIケンタッキーオークスの2着馬ウィズオールプロバビリティであり、父アリシーバは当時(1980年代後半)のアメリカ歴代賞金王になった名馬である。それゆえ、キョウワアリシバは世界的な良血馬として、鳴り物入りでデビューしている。

 要氏、そして寿与氏に引き継がれた思いや情熱によって、ヘイロンシンは北勝ファームに居続けた。彼女が息を引き取ったのは、今年の12月1日。なかなか受胎しにくい体質だったものの、生涯の中でゴールドアクターというGI馬を送り出したことは、彼女の誇りであり、称えられるべきものだ。それは、キョウワアリシバにとっても同様だろう。

 ゴールドアクターの血統において、もうひとつ着目すべき点がある。それが父スクリーンヒーローだ。母ヘイロンシンと配合したのは、この父の種付け初年度。今でこそ、GI6勝を挙げたモーリスなどの父として大注目の種牡馬だが、当初は決して期待された存在ではなかった。

 なぜスクリーンヒーローをつけたのか。寿与氏は、意外なエピソードを教えてくれた。

「本当は、障害馬を作ろうと思って(スクリーンヒーローを父に)選んだんですよね。ヘイロンシンが障害で活躍したので、その能力を生かそうと。それで、障害レースは3000m級の長距離が多いことから、とにかく中・長距離で活躍した種牡馬がいいと考えました。スクリーンヒーローはジャパンカップ(東京・芝2400m)を勝っていましたからね、スタミナがあると思ったんです。でもまさか、そういう考えで生まれてきた子が、有馬記念で優勝するなんて......。いまだに不思議です(笑)」 

 こんなふうに生まれた小牧場のサラブレッドが、昨年の有馬記念(2015年12月27日)を制した。このときのことはまだ記憶に新しいが、寿与氏にはもっと印象深いレースがあるという。それは、初のGI制覇を果たす一走前、GIIアルゼンチン共和国杯(2015年11月8日/東京・芝2500m)だ。

「2014年の菊花賞(2014年10月26日/京都・芝3000m)で3着になったとき、『来年は有馬記念を目指そう』と話していました。1年後、ゴールドアクターはまだオープン馬になったばかりでしたから、ファン投票で有馬記念に出るのは厳しい状況。となると、賞金的にこのアルゼンチン共和国杯を勝たなければなりませんでした」

 当日は雨による重馬場。そして、直線では先に抜けたメイショウカドマツが粘りこむ厳しい展開となった。それでも、ゴールドアクターはライバルを必死に追いかけ、ゴール寸前で捉えた。わずかアタマ差という激戦だった。

「あの勝利がなければ、次の有馬記念には出られなかったわけですから、本当にうれしかったですね。あそこで馬の人生が変わったと思います」

 まさに分岐点。有馬記念の出走チケットをつかんだ同馬は、8番人気ながら見事にグランプリを制覇したのだった。

 チャンピオンとなった今年は、GIIレースこそ盤石の強さで制しているものの、GIでは天皇賞・春(5月1日/京都・芝3200m)が12着、そして前走のジャパンカップ(11月27日)が4着と、ふたつ目の勲章を手にすることはできていない。

 そうした状況で迎える2度目のグランプリ。寿与氏は「昨年とは立場が違う。今年は負けられない」と力を込める。

「この1年で、ゴールドアクターは私たちの馬というより、ファンのみなさんの馬になったと感じています。いたるところで声援をいただきますし、ファン投票でも3位になりましたから。今やみなさんの馬だからこそ、今年は負けられない立場。相手が強いのは百も承知ですが、勝ちにいくレースをしてほしい。そんな気持ちです」

 先代の要氏が始めたオーナーブリーダーの道。50年の歴史の中で、最後の最後に出会ったのがゴールドアクターだった。そして、その母馬ヘイロンシンは、北勝ファームだからこそ残すことができた希少血統だと言える。さまざまな糸がつながって、今この物語がある。

 連覇を目指す有馬記念。ふたつの温かい眼差しが天国から見守る中、ゴールドアクターが再び栄光のゴールを駆け抜けていくことを期待したい。

河合力●文 text by Kawai Chikara