調教師・角居勝彦氏が解説

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 パドックで馬の状態をみきわめたいという競馬ファンも多いはず。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポスト連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、パドックを歩く馬に対してよく使われる比較材料について、解説する。

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 パドックで私たちは馬の全身や脚の踏み込みなどを凝視しますが、少し目線を下げると面白い。馬によっては、歩様がカラフルで軽快に思えることがあります。ソックスのように脚に巻いているバンテージです。

 角居厩舎の馬は白に緑のライン。厩舎カラーで、他厩舎の馬もそれぞれの色合をまとって周回します。四肢に巻く馬もいれば一切つけない馬もいます。お洒落なのかと聞かれることもありますが、厩舎カラーはあるものの、装いのためではありません。サポーターでもない。ケガ防止用のものです。

 何かに驚いて急に歩様を乱し、バランスを崩して脚がもつれることがある。そのときに自分の脚同士が接触するトラブルを防ぐ効果があります。かつては、脚に問題があったときに巻いたこともあったようですが、今はもっぱら予防用です。馬にとっても特に負担なものではありません。ウチでは競馬場だけではなく日常的に巻いています。

 だから着用が馬券検討の要因にはなりえないわけですが、カラフルな色合が交錯すると歩様が軽やかに見える。それで調子が良さそうに思われることもあるようです。もちろんどの厩舎も、そんな効果は考えていません。バンテージはパドックの底を彩ってくれますが、馬券検討にはまったく関係ないといっていいでしょう。

 それから周回中にボロをする馬というのはどうなのかとよく訊かれます。それも立ち止まってする馬と歩きながらする馬がいる。基本的には排泄作業なので止まった方が楽です。とはいえ競馬中でもボロをする馬はいます。下痢しているとどうなのかという人もいるようですが、それは食物の影響で、トウモロコシなどカロリーの高いものを入れると緩くなります。

 いずれも、あまり競走能力には関係ありませんが、競走馬は自分で食べるものを選べないので、栄養管理は必要です。

 パドック解説でよく「集中している」といいますね。レース前だからまだリラックスしていてもいいじゃないかと思いたくなりますが、「さあ、レースだぞ。気合い入れるぞ」と意気込んでいるわけではない。これは隣を歩く厩務員さんの指示をじっと待っているということです。ひんひん鳴いたり、馬っ気を出したりするのは、指示待ちの時の仕草ではない。

 物見をしている馬も同様。初めての競馬場が珍しかったり、お客さんの中に気になる人がいるのかもしれないが、競走馬に「好奇心」は必要ありません(笑い)。人の指示に従う落ち着いた精神状態にあるかどうかをチェックしたいところです。

 大きなレースになると、お客さんは早々とパドックまわりに集まり、出走馬の登場を今か今かと待っています。そこに、さっそうと登場する馬たち。彼らが誇らしい気分になっているのかというと、けっしてそんなことはない。大勢の人の前に引っ張り出されることは、あまり好きではないはずです。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代2位、現役では1位(2016年12月4日終了時点)。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、サンビスタなど。

※週刊ポスト2016年12月23日号