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●「食・農クラウド Akisai 施設園芸 SaaS」によるハウス環境制御
静岡県磐田市に位置するJR磐田駅から車で数十分、茶畑が広がる地域にビニールハウスが立ち並んでいる。2016年4月に富士通とオリックス、増田採種場の3社は、農業を基点とした地方創生の実現に向けて、共同出資によりスマートアグリカルチャー磐田(以下、SAC iWATA)を設立した。現在、同社ではビニールハウスでケールの栽培を行っている。

「農業の産業化に貢献することで、地方が抱えている耕作放棄地や担い手の高齢化の問題などを解決できればと考えている。農業をレバレッジとした地方創生のほか、スマートアグリカルチャー事業の先行実践・実装モデルを確立し、ITを駆使して収益を確保する農業を実践する。また、産学官の共創としては、これまで品種開発や生産加工、販売流通などはバラバラだったものをフードのバリューチェーンを一本化し、事業化することを目指している」と同社の役割と狙いについて述べたのはSAC iWATA 代表取締役専務の伊藤勝敏氏だ。

同氏は、生産・販売・流通・財務・労務管理といった一般的な企業が行っていることを農業にも当てはめることで産業化が推進されていくため、工業的な管理手法で作物の生産効率化や就業形態の管理、業務プロセスを決めて業務を行い、データに基づいたPDCAを実践することでQCD(Quality Cost Delivery)を高められ、ある程度の規模になれば管理・分析手法としてのITが必要になるとも語る。

○ハウス内の環境制御や作業工程・進捗管理などをIT化

現在、SAC iWATAでは敷地面積1ha、栽培面積0.5haでサラダ用ケールを土耕栽培している。これまでケールは、青汁の原料などに用いられるなど苦味が強く、比較的、生食には向いていなかったが、増田採種場が開発した種を使うことでケールの味もまろやかとなり、苦味も少なくなっている。同社では年間70トンのケールの生産を目標としている。

栽培について説明したSAC iWATA 生産部 部長の野口雄理氏は「ケールの栽培は2週間育苗した苗を定植することで、種まきからの栽培方法と比較して栽培期間の短縮を可能にするとともに、栽培効率を向上させている」と胸を張る。ケールを収穫した日には、うねを作り、翌日には定植し、収穫までの期間は夏季で30日、冬季で40日程度だという。

そして、栽培する上で肝となる技術が富士通の「食・農クラウド Akisai 施設園芸 SaaS」だ。ハウス内に設置した温湿度センサや照度(日射量)センサ、土壌(土温や水分量など)センサなどから得られる情報をデバイスで管理する。

野口氏によると、センサから得られるデータを基にデバイスであらかじめ閾(しきい)値(季節などで変動)を設定し、遮光カーテンや天窓、側窓、循環扇、温風暖房機をはじめとした環境制御機器を自動で管理しており、週1回の会議において過去のデータを参考に閾値を調整しているという。このような取り組みは、人がいない時間帯でも作物の病害を防ぐとともに安定した品質を保つために行っている。

また、伊藤氏は「現在、IT化を進めている分野は栽培に適した環境制御のほか、作業工程・進捗管理、人員配置といったリソース管理など、業務改善につながる生産管理に加え、データを蓄積・分析し、活用している。さらに、同社の共創パートナーで受発注管理や需給調整などを行うイーサポートリンクの販売物流管理システムを使用しており、経理などバックエンドシステムには富士通の『GLOVIA smart』を使用し、勤怠管理システムは静脈認証システム『ちゃっかり勤太くん』を用いるなど、一般的な業務に関してもIT化を推進している」と説き、同社が富士通グループやパートナーのさまざまなITソリューションを駆使していることが窺える。

●農業×ITのアウトソーシング
○今夏にはユビキタスウェアの実証実験、10月からは生産管理システムを導入

今年の7月〜8月にはSAC iWATAにおいて、ビニールハウス内での農作業者の状態を把握し、安全性の向上を図るため「FUJITSU IoT Solution UBIQUITOUSWARE」製品の「ユビキタスウェアバイタルセンシングバンド」を用いた実証実験を行っている。ユビキタスウェアについて野口氏は「個人単位のカスタマイズなど精度の向上を図ることが必要だが、不慮の事故などで作業中に大ごとになる前に検知してくれるのはメリットだ。今後は、さらに改良した上で次の実証につなげていく」という。

また、10月からは「食・農クラウド Akisai 生育管理システム agis」を導入した。ハンディターミナルを活用し、栽培現場での作業履歴収集とデータ管理を容易にするサービスで、多品種少量生産や、栽培植物をロットごとに管理する機会が多い植物工場や施設園芸での生育管理に適しているという。作業者はハンディターミナルを管理単位のロットに挿入している二次元コード(QRコード)付きタグにかざし、個体を識別しつつハンディターミナル上で作業実績を入力することができる。これにより、生育途中で栽培場所が変わる機会が多い植物工場などにおいても播種から収穫まで一貫した作業履歴の管理を容易としている。

ハンディターミナルで入力した情報はオフィスのパソコンなどに蓄積され、管理ロット単位で作業進捗や生育過程を視覚的に確認することができる。そのため、作業の遅れや対応状況などロットごとの集計や分析、生産管理の効率化につなげることを可能とするほか、実績データを作業者間で共有することで栽培技術の習得や作業品質の向上が見込める。

現在、SAC iWATAで稼働しているのはケールハウスのみだが、2016年度内には養液栽培を採用した施設面積1.2haのトマトハウス、ロックウール栽培を採用した同1.8haのパプリカハウス、NFT(Nutrient Film Technique:薄膜水耕)方式を採用した同0.7haのサラダほうれん草やクレソンなど栽培する葉物野菜ハウス、同0.3haの種苗研究ハウスの稼働を予定し、同社では土耕、水耕、養液栽培の各テクノロジーを有することとなる。

○農業のアウトソーシングビジネスの確立

このように同社では各種作業のIT化を推進し、効率性の向上や業務改善につなげている。IT化を踏まえた、これからの国内の農業のあり方については大規模化が進むと想定しており、ITの活用で効率化を図ることが浸透し、市場が形成されていくと想定している。また、IT化にはハードとソフトを含めた運用管理が必要なため、経営感覚を持つ生産者が増加していき、収益を確保するという効果を実証することでIT化の促進を図るという。また、就農できる環境を整備していくことが重要だとも指摘している。

同社における今後の事業展開の見通しや戦略について伊藤氏は「現在は生産・加工を行うフェーズで、その次はそこで得たノウハウを水平展開するためインフラやオペレーションを農業生産者に対し、アウトソーシングしていくビジネスを考えている。また、世の中で埋もれている品種を開拓し、栽培ノウハウと施設をセットでライセンス化する種苗ライセンス事業を行うことも計画しており、現在は増田採種場などの種苗会社とビジネスモデルの検討を進めている段階だ」と述べた。

種苗ライセンス事業は、過去に種苗会社が開発したものの、製品化されなかった種苗の製品化を支援することにもつながるほか、日本の種苗は機能性や味・品質が良いため高付加価値化が図れ、日本の国際競争力の向上も期待できるという。

野口氏は「農業の生産による収益確保が第一であり、ITで効率化していく領域を構築することで広く使えるような状況とし、将来的にはインフラサービスとして提供していきたい」と展望を語っており、将来的な農業のアウトソーシングビジネスを見据えた同社の動向が今後も注目されるだろう。

(岩井 健太)