トランプ氏はなぜ安倍氏にだけ会ったのか

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 安倍政権にとって、いまや外遊は、支持率を高める大きな推進力である。米新大統領に決まったトランプ氏と世界に先駆けて会談を行ったことで、更なる存在感を見せつけている。ジャーナリスト・山口敬之氏がその舞台裏を詳らかにする。

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 第二次政権の安倍晋三首相の側近達が異口同音に証言するのは、「総理は外遊に行くと元気になる」という事だ。

 本来一国のリーダーにとって外遊は、事前準備に時間をとられ、時差と闘い、本番の首脳会談や国際会議では国益をかけた大一番に臨むものであり、心身ともに消耗する大仕事である。

 第一次政権の安倍はまさにこれで、内政で躓いた状態のまま外遊に出かけ、疲れ切って帰国することがほとんどだった。

 特に辞任直前に訪れたインド外遊では、潰瘍性大腸炎の再発に怯えていたにもかかわらず外交上のマナーを優先して供されたインド料理を無理に飲み込み、これが辞任の直接的な原因となった。

 ところが、昨今の安倍は外遊をエネルギー供給源としている。2012年12月から4年弱にわたって首相の座にいる安倍は、国際政治の舞台では古株の部類に入る。イギリスのキャメロン首相は去り、アメリカのオバマ大統領の勇退もカウントダウン状態だ。国際会議では、連続在任期間が長い順番に高位の席につく。これは物理的な意味に限らず、会議の進行においても同じだ。

 2014年3月に表面化したクリミア問題では、ロシアに対する最高レベルの制裁を求めたアメリカに対し、ドイツをはじめとするEU各国の姿勢には明らかに温度差があった。

 この頃累次にわたって行われたG7各国を中心とする国際会議では、米、EU、ロシアという三勢力と中立的かつ友好な関係を維持している日本の調整を依頼する機運が高まった。ドイツのメルケル首相はある国際会議に先立つ日独首脳会談の場で、各国が飲める合意案に落ち着くよう、安倍に議論の牽引役を依頼してきた事がある。

 こうした調整役としての機能は決して簡単な仕事ではないが、各国からの期待が寄せられる展開というのは今の安倍にとって負担等より、やりがいにつながっているといってよい。

 この脈絡において、世界が注目した11月17日のトランプ大統領との非公式会談は、いろいろな意味で安倍外交のフェーズを一つ上に押し上げたと言える。異例ずくめだったこの会談を振り返ってみよう。

 この原稿を執筆している11月下旬段階でトランプは世界30か国以上の首脳と電話会談をこなし、そのうちの半数近くに上る国から首脳会談の打診を受けたが、安倍以外の誰とも首脳会談を行っていない。

 ホワイトハウスや閣僚、4000人に上る政治任用ポストの人事で多忙を極める最中に、なぜ安倍とだけ首脳会談を行ったのか。トランプ陣営周辺から漏れてくるのは、安倍の政治キャリアと外交実績をトランプが高く評価している事が異例の会談実現につながったという見方である。

 政治経験のないトランプにとっては、外交は未知の領域だ。当選を決めた翌日にオバマ大統領と会談した後、ホワイトハウスを辞する際にトランプは、隣のペンス次期副大統領に対し、「外交というのは乗り越えなければならない最も難しい課題の一つだ」と漏らしたという。

 そういうトランプにとって、4年弱にわたって安定した政権を運営し、多くの首脳と会談を繰り返してきた安倍は、格好のお手本だというのがトランプ側近の見方である。

◆最大の正念場はこれから

 実際トランプは、安倍との会談の中で、各国首脳の人柄や首脳会談を行った際の様子などについて、事細かに聞いてきたという。

 もちろん、佐々江賢一郎駐米大使や河井克行総理補佐官など政府関係者が選挙期間中からトランプ陣営の中心人物たちと接触を繰り返し、パイプを作ってきたことも会談実現の現実的な推進力となったことを忘れてはならない。

 特に佐々江のトランプの家族や閣僚候補者との早い段階からの接触は、安倍とトランプのやり取りの礎となった。安倍との直接会談を進言したのは娘のイヴァンカだというのも、こうした情報を裏付けている。

 また、会談の最後にトランプは、

「去りゆくオバマ大統領への敬意を示すために、会談内容は外部に漏らさない事にしよう」

 と提案し、安倍もこれを是とした。こうしたトランプの騎士道にも通じる姿勢は、安倍の心を打った。だからこそ、安倍は会談終了後記者団に対し、トランプが信用できる人物であるという事を繰り返し強調したし、会談内容も今に至るまで一切漏れていないのである。

 異例ずくめの会談を終えて訪問したAPEC会場のリマでは、トランプとの会談を終えたばかりの安倍は各国首脳から引っ張りだことなった。正式な首脳会談を行ったリーダーはもちろん、全体会合の場ですれ違った旧知の首脳からも次々と声がかかった。

 ある南米の首脳は会談の最後に居ても立っても居られない体でこう言い放ったという。

「安倍さん、これだけはどうしても聞きたくて我慢が出来ないんだ。トランプ大統領っていうのはどんな人物だったんだ?」

 国際政治の舞台での存在感は、在任期間が増えるにしたがって逓増していくのが常だが、ペルーでの安倍はさらに一段ステップを上がった感がある。米露中といった、いい意味でも悪い意味でも国際ニュースの真ん中に居続けるリーダー達に伍して「シンゾー・アベ」の名は多くの首脳の口に上り、記憶に残った。

 しかし引き続いて行われたプーチン大統領との首脳会談を終えた安倍の表情は、決して明るいものではなかった。記者団に対しても、「(領土交渉は)簡単なものではない」と、厳しさを隠さなかった。

 国際政治の舞台での存在感がいくら増しても二国間の問題が解決するわけではない。政治生命を懸けて取り組んでいる日ロ交渉、そして2017年1月から本格始動するトランプ政権と、首脳間の関係は良好でも、それぞれの二国間関係に横たわる問題は解決の難しいものばかりだ。

 今年の年末から来年にかけて、安倍外交は最大の正念場を迎える。

●やまぐち・のりゆき/1966年東京生まれ。フリージャーナリスト・アメリカシンクタンク客員研究員。1990年慶應義塾大学経済学部卒、TBS入社。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月TBSを退職。安倍政権の舞台裏を克明に綴った『総理』が反響を呼ぶ。

※SAPIO2017年1月号