『暴れん坊将軍』について語る松平健

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 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、役者・松平健の代名詞ともなった時代劇シリーズ『暴れん坊将軍』の八代将軍・徳川吉宗に決まったころと、吉宗となったばかりのころの思い出について松平が語った言葉からお届けする。

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 松平健は1978年から代表作ともいえるテレビ時代劇『暴れん坊将軍』(テレビ朝日)に主演している。本作では、主人公の八代将軍・徳川吉宗を演じた。

「『天守物語』という舞台で坂東玉三郎さんの相手役のオーディションがありまして。最後の三人まで残ったんですが、落ちたんですよ。その時の新聞をテレビ朝日のプロデューサーが見ていて、面接を受けることになったんです。

 撮影は東映京都で、大変怖いイメージがありました。ただ、当時僕の所属していた勝プロには川谷拓三さんがいたんですよ。それで勝先生が『おい、拓。頼むぞ』ということで川谷さんが根回しをしてくれたんです。

 それでもヤクザ映画を撮っていた頃ですし、鶴田浩二さんに若山富三郎さんもいましたから、怖い雰囲気はありました。主役といっても自分は下で。

 一番の大悪役で出てくださる方たちも映画でも大役をされてきてテレビに出てくださっているわけなので、それこそ出番待ちの時は椅子を持っていって『どうぞ』って。最初の頃は自分は座っていられなかったです。レギュラーの共演者も北島三郎さんに有島一郎さんですから。

 勝先生も、『暴れん坊』が始まって最初の頃は現場に来てくださいました。将軍のメイクをする時に指で直してくださることもありました。それから『テレビは普段の生活が映るからな。お前は将軍なんだから、赤ちょうちんの居酒屋じゃなくていい店で遊べよ』とも言われました。それで随分お金を使いました」

 吉宗は旗本姿に身をやつし、市井に出て事件を解決する。そして敵を倒す際は、叩き斬るのではなく峰打ちにしている。

「二役みたいなものですよね。将軍の時は所作を大事にしました。その前から歌舞伎を見て、偉い人の座り方や立ち振る舞いを参考にしています。旗本の時は現代劇でいいと思っていました。町人と付き合う時は対等な方がいいと思い、所作はあまり気にしませんでした。普段通りを心がけましたね。

 峰打ちは、『将軍は人を斬らない』という発想でした。ただ、『打つ』だけでは画にならないので、決めるところだけは打つ動きをしましたが、他は普通の『斬る』立ち回りと同じ動きをしています。刀の反りが逆ですので、斬って抜ける動作が大変でした。

 東映は美しさで見せる、踊りのような立ち回りです。ですので、刀を抜いて峰に返す動きを大きくして、ちょっとくさいポーズをとったりしています。あれが見せ場ですから」

 シリーズは、25年もの長きに及ぶ人気作となった。

「シリーズが始まった頃は、時代劇の主役は名のある人ばかりで、僕みたいな新人はいませんでした。それで、周囲の声が聞こえてくるんですよ。『こんなのは三か月ももたないやろ』みたいな噂が──。それが、かえってエネルギーになりました。

 長く続ける上で心がけていたのは、爽やかさです。やはり、吉宗は青年将軍ですから。その爽やかさを失わないように、いつも新鮮な気持ちで現場に臨むようにしていましたね」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

◆撮影/藤岡雅樹

※週刊ポスト2016年12月2日号