角居勝彦調教師が「厩舎」について解説

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 サラブレッドが万全を期してレースに挑むためには、その基地ともいえる厩舎の存在が大きい。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、馬にとって厩舎はどんな意義のある場所なのかについてお届けする。

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 ジャパンカップが迫るこの時季、空気がキリっと冷たくなって馬はますます元気になります。

 馬の走りが素軽くなる季節ですが、快調だった馬がなぜだか急に走らなくなることがありますね。ケガなど、はっきりとした原因がない場合、メンタルに問題がある場合が多いようです。能力云々というより、競馬をやめることを覚えてしまう。やる気の欠如ですね。馬のメンタルを察するのはとても難しい。馬の数だけ特有のメンタルがあり、私たちはそれになるべく寄り添うのみです。

 しかし多くの馬と関わってくると、ざっくりとした傾向は出る。馬の立つ情況です。強くストレスを感じるのは競馬場で、逆に心安らぐのは文句ナシに牧場。この二極の間に、いくつかの立ち位置があります。ストレスが少ない順に、こんな感じになります。

 牧場>外厩>トレセンの馬房(厩舎)>調教場>競馬場

 キーは中間にある厩舎。ここで快適に過ごせると、トータルのストレスがずいぶんと軽減する。馬房は馬の気持ちの充実に直結する大事な場所です。放牧からトレセンの馬房に戻った馬は、「競馬が近づいているぞ」と感じ、臨戦態勢になる。馬体に自然と気合いが入ります。

 馬房に入ったばかりの時は、違う馬の匂いがするので、馬はおしっこをして自分の匂いで満たします。自らリラックスする工夫です。

 思春期の男の子である牡馬は心が弾みやすいので、牡牝を厩舎の真ん中で分けて離します。それでも落ち着かない牡馬の馬房は一番隅っこ。調教で馬房から出ると、「やっと牝馬に会えた!」という感じで色めく牡馬も多いのです。

 色気とは別に、馬同士の好き嫌いもある。それが分かれば馬房を離します。調教場へ向かう隊列でも、あの子の後ろはイヤだとか、あの子が近づくと耳を絞って蹴るとか、相性がある。調教で並走させる場合は相性の悪い組み合わせを避けます。

 馬房は位置も大事で、人が行き来するところをうるさがる馬もいます。角居厩舎は本来の厩舎(20馬房)とは別の場所に10馬房の「離れ」があります。厩舎内の場所を替えて様子を見ても落ち着かない場合には、「離れ」へもっていったりします。

 角居厩舎の場合「離れ」には、経験豊富でどっしりとした古馬を入れることが多い。旧厩舎を使っているため、古くて狭く、本家に比べると設備的にも劣ります。ただ外部の人の出入りが少ないからか、「離れ」のほうが精神的に落ち着くという馬もいる。本家ではうるさかった馬が、「離れ」に移すとすっと落ち着き、カイバもよく食べるようになることは珍しくありません。

 人間でも始終監視されているより、上司や親のいないところの方が力を出せるという人がいますよね(笑い)。

●すみい・かつひこ:1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代2位、現役では1位(2016年11月13日終了時点)。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、サンビスタなど。

※週刊ポスト2016年12月2日号