2000年にゴアが敗北した時、ヒラリーは「米国はもはや選挙人制度を廃止し、民意を反映する一般投票に移行すべき」と主張しました。そして皮肉にも、今回選挙人制度ゆえに勝者となったトランプも、2012年に選挙人制度を「民主主義の破綻だ」と批判しています。

 全米の2割の州は、選挙人制度を「前時代の遺物」とし、一般投票の勝者を大統領とするための法整備(NPVIC)に取り組んでいます。しかし制度改革に前向きなのは、民主党の地盤であるリベラルな州ばかりです。民主党支持者たちは、「選挙人制度は歴史的にも『地方在住・保守・白人・高齢の有権者』=『共和党支持層』に有利な仕組みである」と不満を訴えてきました。彼らの主張通り、2000年に次いで今回の選挙でも、選挙人制度が共和党候補に逆転勝利をもたらしています。

 米国で選挙人制度が取り入れられた理由の一つに、奴隷制度の存在がありました。建国当時の米国が、もし有権者=白人男性による直接選挙の形を取っていたならば、有権者人口の少ない南部の州が北部に比べて不利になっていたでしょう。しかし州人口に基づいて選挙人数を決定する方式を取れば、南部の州は当時数十万人いた黒人奴隷の人口を盾に、政治的影響力を増すことができるのです。結果的に米国は選挙人制度を導入し、選挙権のない黒人奴隷の数は、1人あたり「5分の3人」として人口に計上されました。改革派が「選挙人制度とは、白人が黒人(有色人種)を搾取するための制度だった」と憤る所以です。

◆まだ選挙は終わっていない―ヒラリー逆転勝利のシナリオ

 今回の選挙結果を受け入れられない民主党支持者たちは、選挙人団がトランプを選出しないことに一縷の望みを繋いでいます。共和党の選挙人全員が、代表候補であるトランプへの投票を義務付けられているわけではありません。誓約に反して白票を投じたり、トランプ以外の人物に投票しても、大半の州ではその投票は有効とみなされます。もし538人の選挙人の内、トランプに投票する者が過半数の270人を下回れば、最終的な決着は連邦議会の下院に委ねられます。ヒラリーが大統領となる可能性は、まだ完全に失われたわけではないのです。

 大統領の最終決定が下院に持ちこされたとしても、下院の議席も共和党が過半数を占めていることから、「どの道トランプ大統領の就任は阻めない」と悲観する向きもあります。けれどもヒラリーの支持者にとって、もはや失うものはありません。「選挙人は12月19日にヒラリーに投票せよ」と訴えるオンライン署名活動には既に約455万人が署名し、各地でトランプへの大規模な抗議活動が相次いでいます。

 ヒラリーは選挙翌日の敗北宣言において、「この国は私たちの予想より遥かに深く分断されている」と語りました。万が一12月19日にトランプではなくヒラリーが当選したとしても、その結果をトランプの支持者がすんなりと受け入れる筈はないでしょう。「米国は南北戦争以来の内戦に突入するのではないか」と恐れる声も高まっています。「史上もっとも醜い選挙」と呼ばれた2016年度大統領選挙の余波は、当分収まりそうにありません。

<取材・文/羽田夏子 写真/Gage Skidmore>●はだ・なつこ/1984年東京生まれ。高校から米国に留学。ヒラリー・クリントンの母校であるウェルズリー大学を卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて国際関係学修士を取得。国連機関インターン、出版社勤務を経て、翻訳編集プロダクションを立ち上げる。日本メンサ会員。