JRAの女性騎手、藤田菜七子騎手が現地時間の11月13日夜、UAEアブダビで、待望の海外デビューをついに果たした。2016/17シーズン2日目のアブダビ開催第5レースに組まれた「HHシェイカ・ファティマ・ビントムバラク、レディースワールドチャンピオンシップ」(以下、「ファティマ妃杯」)の最終戦(芝1600m)で、エイエフアルヘイザール(牡6歳)に騎乗。結果は7着と、残念ながら海外初騎乗初勝利のアラビアンドリームこそ果たせなかったが、異国の地で臆することなく、世界各地の予選を勝ち抜いた女性騎手たちと渡り合った。

 今回出場した「ファティマ妃杯」は、女性騎手を対象に世界各地で年間14戦の予選を経ての最終戦。ここ数年は、11月第2週にアブダビで開催される純血アラブ種の大イベント「HHシェイク・マンスール・ビンザイード・アルナヒヤンフェスティバル」の最終日を飾る目玉のひとつに位置づけられている。

 80ヵ国を超える対象国の女性騎手にはアマチュア騎手も多い。なかには何百戦も騎乗しているアマ騎手もいるが、日本でいうところの競馬学校のようなものがない国では、騎手としてのカリキュラムや教育を受ける機会がないケースもある。

 そういった彼女たちのために、このフェスティバルではファイナルのレースに騎乗する騎手だけでなく、予選に騎乗したすべての騎手をアブダビに招待。カンファレンスやワークショップなどの機会を設けるという大盤振る舞いを行なっている。

 昨年までにも、日本からは地方競馬の騎手計3名がこの催しに参加しており、ファイナルには一昨年に岩永千明騎手(佐賀)、昨年に木之前葵騎手(名古屋)がそれぞれ騎乗を果たした。

 藤田騎手の場合は、今年8月、イギリスのサンダウン競馬場で行なわれた第13戦に参加したのだが、騎乗馬がパドックで暴れて放馬、競走除外となってしまい、主催者の特別措置でファイナルへの出場資格を得ることができた。この催しを主宰するIFAHR(国際純血アラブ競馬連盟)のチェアマンであるララ・サワヤ氏は、先だってフランスで行なわれた凱旋門賞で邂逅した際も藤田騎手のことを気にかけており、今回も大きなハグで彼女のアブダビ来訪を迎え入れた。

 藤田騎手はれっきとしたプロだが、経験という点では、アマチュアといえど他の女性騎手に劣る面もまだまだある。また、現状よりも上を目指すためには、もうひと皮もふた皮も向けなくてはならない。そういった意味からも、今回は意義のある遠征となった。

 アブダビに到着したのはレース2日前、現地時間の11月11日未明で、前日の朝まで美浦トレーニングセンターで調教をこなすなどして、他の騎手たちよりも遅れての現地入りとなった。到着日はアブダビ・ナショナルアーカイブにあるホールでのカンファレンスに参加し、翌日には市内のホテルのボールルームで行なわれたワークショップに参加。ここではジョッキーのボディメイク、木馬などを使ったフィジカルトレーニング、メディア対応の3プログラムを受講した。

「基本的なことは日本の競馬学校と変わらないですが、逆に競馬学校で習った普通のスポーツではめずらしいウォーミングアップが、他の国でも取り入れられているとは思いませんでした。競馬で必要なものは世界共通なんですね」

 藤田騎手は、意外な共通点に驚いたようだった。

 また、木馬を使用したトレーニングでは、アメリカの殿堂入り女性騎手ジュリー・クローンさんから指導を受けることができた。最初に、藤田騎手の騎乗姿勢を見たクローンさんは、首を小刻みに縦に動かしながらひと言。

「美しい。パーフェクト」

 その上で、かなり長い時間をかけて入念にフォームやバランスの取り方、力の入れ方などの指導を受けた。

「まさかこういったすごい人に会えるとも思わなかったし、こんなにみっちりと指導していただけるなんて、とても貴重な機会をいただけました」

 思わぬレジェンドの手ほどきに、充実した表情を見せていた。

 迎えた翌日。午後3時すぎに競馬場に入ると、徐々に緊張感が高まってきた。騎乗するエイエフアルヘイザールは、当地の重賞で好走するなど、実績はメンバー中上位クラスなのだが、実はこれが約2年ぶりの実戦。それでも調教師は太鼓判を押す。

「この馬はいい馬なので、まずスタートさえよければ、いい位置につけられる。難しいことは考えなくて大丈夫」

 パドックでは現地に住む日本人も応援に駆けつけ、中東初登場の藤田騎手に大きな声援が飛んでいた。

 出走馬は15頭。コースは2コーナーに向かうシュートからスタートして、ワンターンする、東京競馬場の同じ距離で、ちょうど逆周りのイメージ。エイエフアルヘイザールは12番ゲートからスタートすると、すんなりと好位3番手の外に取り付いた。だが、3コーナーに差し掛かると、やや手応えに鈍りが見え始める。さらに、内にいた馬がやや膨れ気味に外へと張り出し、その影響もあって徐々にポジションを落とし始めてしまう。直線に向いて、藤田騎手の必死のアクションに馬も気力を取り戻したのか、3コーナーの手応えからすれば、ズルズルと下がることなく踏ん張りを利かせるが、最後は勝ち馬から離されて7着でゴールした。

 ゴール後にも意外な洗礼が待ち受けていた。今回のレースは全馬の負担重量が62kgのため、普段の日本の競馬より5kg以上も鞍が重くなっていて、鞍だけで20kg近い。脱鞍をするのが、日本と異なりコース上で行なわれるため、レースを終えて疲れた体にはこれが思いのほか堪えることとなった。結果も奮わず、疲労困憊の色を見せていた藤田騎手だったが、前述の現地日本人応援団と顔を合わせると、ようやく明るい菜七子スマイルが戻ってきた。

「初めての競馬場でわからないことが多かったですが、主催者のみなさんがとてもよくサポートしてくださったおかげで、海外で初騎乗できて、とてもいい経験をさせてもらえました。今回は勝つまではいかず悔しかったですが、海外でいつか勝てることを目指しながら、日本でも頑張ります。またここに来たいですね」

 藤田は明るい表情を見せ、翌日午後、再び日本へと戻っていった。

土屋真光●文 text by Tsuchiya Masamitsu