鈴木明子が語る2016−2017シーズン展望@男子編

 10月に開幕したグランプリシリーズでは、宇野昌磨が素晴らしい滑りを見せる一方、「絶対王者」の羽生結弦はスケートアメリカで2位に終わった。2018年2月の平昌(ピョンチャン)オリンピックまで残り15ヵ月――。日本代表は、世界選手権王者のハビエル・フェルナンデスをはじめとする外国勢とどう戦うのか。オリンピックに2度出場したプロフィギュアスケーターの鈴木明子さんに聞いた。

―― グランプリシリーズが4戦終わったところですが、シニア2年目の宇野昌磨選手の成長ぶりはすごいですね。

鈴木明子(以下:鈴木):正直、宇野選手がこれほどのスピードで伸びてくるとは思いませんでした。想像以上です。4回転ジャンプをマスターしたと思ったら、試合で失敗しないレベルまで進みました。もともと、間の取り方や表現の部分は長けていたのですが、二段か三段、ステップアップしましたね。

―― まだ18歳ですが(12月17日で19歳)、男っぽさも出てきたように思います。

鈴木:はい、色気というか艶(つや)というか、そういうものが出てきましたね。高い技術に表現力と艶が加わり、世界のトップを猛追しています。

―― 10月のスケートアメリカで優勝、11月のロシア杯ではハビエル・フェルナンデス選手(スペイン)と僅差の2位。12月のグランプリファイナル(フランス・マルセイユ)で表彰台も狙えそうですね。

鈴木:これまでずっと羽生結弦選手の背中を追いかけてきて、世界のトップを狙えるところまで来ました。羽生選手がどんどん先を行くので、いい成績を残しても満足することができない。「もっと、もっと」とがんばっているうちに、世界のトップレベルまで到達しましたね。羽生選手に負けたくないという思いもある。「抜いてやる」という気持ちが彼の成長の原動力になっているのではないでしょうか。

―― 昨シーズン、史上初の330点台をマークした羽生選手はグランプリファイナルを制したものの、世界選手権では2年連続でフェルナンデス選手に敗れました。彼はどんな気持ちで今シーズンに臨んでいるのでしょうか。

鈴木:宇野選手が4回転フリップを跳び、ボーヤン・ジン選手(中国)が4回転ルッツを成功させています。フェルナンデス選手に負けていることもあり、負けず嫌いの羽生選手が燃えていないはずはありません。

―― 羽生選手は昨シーズン、圧倒的な強さを見せましたが、すべての大会で勝ったわけではありません。

鈴木:突き放しても、突き放しても、フェルナンデス選手も宇野選手もボーヤン・ジン選手もついてきています。次のオリンピックで連覇を狙うことを考えれば、この状況は彼にとって歓迎すべきものでしょう。高いレベルで切磋琢磨することで自分も成長することは本人が一番よくわかっています。

―― そんななかで、羽生選手に何か変化はありますか。

鈴木:これまではプログラムの最初から最後まで全力で臨むという印象でしたが、昨シーズンから体力のコントロールがうまくなったように感じています。情熱的な熱いところと冷静なところとのバランスがいい。これは20歳を超えて、身につけた部分。平昌オリンピックまでに「羽生結弦」を完成させるつもりでしょうから、これからの15ヵ月、彼のさらなる進化から目が離せません。おそらく羽生選手は、すべての試合で他の選手を圧倒して勝ちたいと考えているはず。そのために、4回転アクセルもやるんじゃないかとさえ思います。

―― このふたり以外で注目している日本人選手は誰でしょうか。

鈴木:無良崇人選手はオリンピックを見据えてスケーティングを改良してきました。滑りが変わればジャンプも変わります。その成果が少しずつ出てきたように見えます。25歳という年齢を考えると、今度が最後のオリンピックになるかもしれません。平昌オリンピックにかける想いは相当なものがあるはずです。

―― 昨シーズン世界選手権2連覇を果たしたフェルナンデス選手は、今シーズンも日本人選手にとって大きな壁になりますね。グランプリシリーズでは2週連続優勝を果たしました。

鈴木:フェルナンデス選手も羽生選手との関係をエネルギーにして成長してきました。ライバルであるけれど、同じチームの仲間。まったく違う性格・演技のふたりが競い合っています。フェルナンデス選手は何でもうまくこなすように見えますが、意外と不器用で、振り付けを覚えるのに時間がかかったりするようです。努力家というタイプではありませんが、羽生選手の存在を意識してかなり練習するようになったと聞きます。どんなときでも「楽しそうに滑る」ことができるのは大きな才能です。

―― 実績のあるパトリック・チャン選手(カナダ)もメダル争いに絡んでくるでしょうね。

鈴木:パトリック選手はコーチを替えたことでどんな影響があるのか、未知数です。ただ、彼は4回転がトーループしかないのが厳しい。でも、あのスケーティングと音の表現はパトリック選手にしかできない「匠(たくみ)の技」ですね。

―― そのほか、日本人の脅威になる選手は誰ですか。

鈴木:ネイサン・チェン選手(アメリカ)ですね。ショートとフリーで計7本の4回転を組み込んだ驚異のプログラム構成です。これだけの高難度のジャンプを入れていると、どうしても技術優先になりがちです。しかし、もともと身体表現のうまい選手ですので、技術と表現のバランスがとれてくると優勝争いに加わってくるかもしれません」

(女子編に続く)

【profile】鈴木明子(すずき・あきこ)1985年3月28日生まれ、愛知県豊橋市出身。6歳からスケートを始め、15歳のときに全日本選手権で4位に入賞して注目を集める。10代後半に体調を崩して大会に出られない時期もあったが、2004年に復帰。2010年バンクーバー五輪代表の座を獲得し、8位に入賞した。2012年、世界選手権銅メダル。2013−2014シーズンの全日本選手権では会心の演技で13回目の出場にして初優勝。2014年ソチ五輪では、同大会から正式種目となった団体戦に日本のキャプテンとして出場して5位入賞、個人戦では8位入賞を果たす。2014年の世界選手権出場を最後に、競技生活からの現役引退を発表した。引退後はプロフィギュアスケーター、振付師、解説者として活動の幅をさらに広げている。著書に『プロのフィギュア観戦術』(PHP新書)など。

元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro