数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏

写真拡大

 角居厩舎のGI馬、リオンディーズが引退することになった。原因は左前繋部の浅屈腱炎。症状が好転しても再発の可能性が高く、止むを得ない決断だった。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、骨折よりも厄介な馬の屈腱炎についてお届けする。

 * * *
 現3歳世代屈指のポテンシャルを持つと評価をいただいていただけに、残念至極です。骨折は発症後のケアによって骨が強くなることもあるのですが、屈腱炎は克服しても発症前より良くなることはありません。ほとんどが前脚に顕れる屈腱炎は、競走馬の宿命ともいわれます。

 縦の糸のような腱繊維がブチブチと切れる。束ねた細いワイヤーを激しくしならせると何本かが切れる様子に似ています。そこに出血跡が黒く出る。普段よりも倍くらい腫れ上がります。腱繊維はたんぱく質なので熱を持つと硬くなる。その状態が慢性化すると切れやすくなる。脚をどこかにぶつけた拍子に切れることもあるものの、ある激走がきっかけというよりレースや調教の疲労の積み重ねによります。

 もちろんクールダウンや休養などの脚のケアには細心の注意を払うのですが、切れること自体を防ぐのは至難の業です。

 最近はエコーを用いた診断で損傷の程度が把握できるようになりました。しかし最初の段階では分かりにくいものです。競馬のたびに何万本かある繊維の一本が切れる。切れた繊維は栄養と休養によって修復されますが、激走を重ねるうちに修復が追いつかなくなる。

 馬は疼痛を感じます。熱を持って少し腫れる。それが修復できないと、痛みが馬の記憶に入ってしまい、痛点をかばい始めるようになって走れなくなる。強く速い馬に、屈腱炎が忍び寄る。スピードが上がるほど、ストライドが大きいほど、腱の伸び縮みがダイナミックになって切れるリスクが高まります。

 リオンディーズの他にも、秋華賞で断然人気に推されると思われていたシンハライト(石坂厩舎)やオークス2着だったチェッキーノ(藤沢和厩舎)、角居厩舎では、ダービーに出走したヴァンキッシュランがやはり屈腱炎で1年ほどの休養を余儀なくされています。

 馬体のバランスに歪みがあると常に同じ側の脚に負担がかかり、再発のリスクも高まりますが、逆にバランスがいいと屈腱炎になりにくい。姿勢が良くて真っすぐ歩き、後ろから見ると前脚が後ろ脚に隠れて見えなくなるのが理想形です。ディープインパクトがそうでした。

 しかしカネヒキリのようにバランスに優れた馬でも、屈腱炎を克服すると今度は逆側の脚に同じ症状が出た例もあります。遺伝にも関係していて、お母さんの腱繊維のしなやかさが受け継がれるようです。

 馬に関する医学は相当に発達していますが、屈腱炎の予防は難しい。能力の高い馬は調教中に引っ掛かることが多く、前述のように屈腱炎へのリスクが大きくなる。時計は遅いわりにはいつもオーバーワークとなってしまう。このへんは人間が見極めてやらなければいけません。

 リオンディーズは、1つだけでもタイトル(フューチュリティS)をとれていてよかった。種牡馬としていい子を出してほしいと思います。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代2位、現役では1位(2016年10月23日終了時点)。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、サンビスタなど。

※週刊ポスト2016年11月11日号