「甲子園出場ブランク」が生んだ埋められない差

6回裏松山聖陵二死一・三塁から代打勝ち越し2点二塁打の松澤 浩平(2年)

 スコア上は4対2。しかし夏の愛媛大会を初制覇した松山聖陵と、15年間甲子園から遠ざかっている松山商との間には歴然たる差が存在していた。

  6回裏、一死後にこの試合で4打数3安打の3番・尾崎 温大(2年主将・遊撃手・175センチ69キロ・右投右打・全播磨硬式野球団<ヤングリーグ・兵庫>出身)の左前打を合図に4安打1死球を集中させ、最後は同点後の二死一・三塁から「チャンスが回ったらストレートを力を入れて投げてくる相手投手を打つイメージを持って打席に入った」代打・松澤 浩平(2年・右翼手・174センチ74キロ・右投左打・浦添市立仲西中<沖縄>出身)の左中間2点二塁打で逆転勝ちを飾った松山聖陵には、甲子園で北海と激闘を演じた経験値が存分に活かされていた。

 その北海戦で2番二塁手として3打数1安打。新チームからは5番捕手としてタクトを振るう佐々木 魁(2年・171センチ67キロ・右投右打・今治市立日吉中出身)が話す。「序盤は苦しい展開だったが、粘っていこうと話をしていた」。そこをアシストすべく、ベンチからの声も「守備位置もっと後ろ!」となど攻守にわたって具体的な指示が数多く出ていた。これも「甲子園に出る」から「もっと緻密にやらないと甲子園で勝てない」(荷川取 秀明監督)に目線が上がったからこそできることである。

 だからこそ、単純なミスにはうより厳しくなる。8回表二死から松山商4番・名倉 秀峻(2年・一塁手・177センチ67キロ・右投左打・えひめリトルシニア出身)に右越三塁打を浴びた直後から、裏の攻撃に移っても右翼手へ深い守備位置を指示し忘れた内野手に対し烈火のごとく怒り続ける指揮官。そこに対しベンチもいい意味で失敗を慰める雰囲気はなかった。「勝つための集団」松山聖陵は確実にその階段を昇りつつある。

代打で安打後、8番中堅手に入った松山商・山本 典輝(1年)

 振り返って3安打で敗れ、9年ぶりに秋の県大会出場を逃した松山商。大倉 孝一・侍ジャパン女子日本代表監督を招き定期的に鍛えてきたはずのメンタルトレーニングを本来出し切るべき、6回裏以降は攻撃は淡白。ベンチからは元気も指示の声も消えうせた。

 さらにこれも旧チームから取り組んできたはずのラインパッティングも、その狙いが見られたのは山本 典輝(1年・中堅手・右投右打・174センチ72キロ・吹田リトルシニア<大阪>出身)の代打安打を契機に二死二・三塁から3番・山本 寛大(2年主将・投手・172センチ67キロ・右投右打・伊予市立伊予中出身)が中越先制二塁打を放った5回表のみ。

 そして結果云々の前に迷いが消えることはない選手たちの表情。試合に対するプランニングの幅がないゆえに、自分たちにとって進めたい以外のことが起こると全く自分たちの力が出せない。これらの光景は厳しく言えば、この数大会、松山商が敗れるときの恒例行事である。

 こうなると、松山商野球部にもはや二者択一の選択肢しかない。1つはたとえ全く勝てなくても礼節を重んじ古きよき高校野球の伝統を守り続ける「伝統校」。もう1つは今までの伝統をすべて廃し、ただ試合の勝利に向かって突き進む「強豪校」を目指し創生するか。である。

 選択次第ではオールドファンにとっては非常に辛い決断になるかもしれない。しかし継続性が全くなく、衆人環視が解けると緊張感にも欠け、結果にもつながらないこの1〜2年の松山商野球部を見れば、もう大人たちは決断しなくてはいけない。

 これ以上結論を引き延ばすのは指導者、愛媛県のみならず全国の高校野球ファン、そしてなによりもプレーする選手たちにとっては百害あって一つの利も生じない。松山商には松山聖陵との「甲子園出場ブランク」が生んだ埋められない差を痛感したこの試合を、ぜひ、必ず転換点としてほしい。

(文=寺下 友徳)

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