■「夏競馬」珍道中〜西日本編(12)

 西日本を行く「旅打ち」は、笠松競馬、小倉競馬、佐賀競馬、四日市競輪とめぐって、次でついに5カ所目となる。その舞台は、名古屋競馬場だ。

 ここまでの収支は、「5万円」という予算をすでに結構オーバーしている。移動や宿泊などの旅費は何とか予算内で納まっているだけに、問題は馬券と車券の成績だ。最後の名古屋では是が非でも取り返して、東京までは新幹線のグリーン車にでも乗って優雅に帰りたい。

 だいたい、夏の猛暑の中での過酷な移動と、神経をすり減らす勝負の日々は、ワシの体力を相当奪っている。今やホテルに帰った瞬間、仕事をする気力もなく、ベッドに崩れ落ちていく。こんな状態で、東京まで"鈍行列車"で帰るなんて、考えただけでも頭がクラクラしてくる......。

 名古屋競馬場には、名古屋駅からあおなみ線に乗って「名古屋競馬場前」駅で下車。そこから、徒歩3分ほどで競馬場に着く。

 名古屋競馬場は、競馬に詳しくない人からは中京競馬場とよく混同されることがあるが、中京はJRA(日本中央競馬会)でまったくの別もの。名古屋は地方競馬で、岐阜の笠松競馬とほぼ週替わりで開催されている。南関東の4競馬場(川崎、大井、浦和、船橋)と同じように、名古屋と笠松も馬や騎手が相互に交流を行なっている。

 それにしても、今日も暑い。キャリーバッグを引いて歩く、駅から競馬場までの3分の道のりが10分以上に感じられる。よほどつらそうに見えたのか、競馬新聞の売店のおばちゃんが、「今日はこの夏、一番の暑さになるみたいだね」と声をかけてきた。

 この旅、何度目の「この夏、一番の暑さ」なのか......。その言葉を聞いただけで、ぐったりする。ワシは「この夏......」のコレクターちゃうわ!

 こんなときは、やはりエアコンの効いた特別観覧席に限る。負けていても、いや負けているからこそ、予想の環境は快適にしておきたい。

 入場門をくぐって、早速特別席売り場へと向かった。そこで、愕然とした。売り場の壁に、こんな張り紙があったのだ。

「あおなみ線の往復きっぷをご利用のお客様、特別席無料」

 マ・ジ・か!? 今どき地下鉄とか、近距離の電車に乗るなら全国で利用できるICカードを使うでしょ(所持金も減っているし......)。先に教えてくれれば、きっぷを買って来たのにぃ......(涙)。

 2種類ある特別席は、2階グリーンホールが500円で、4階特別観覧席が700円。金額にすれば、ひとレースにつぎ込む額より少ないのだから、大したショックではないのだが、身も心も疲弊し切った今、これがものすごく損をしたように思えたのだ。

 その様子を見て不憫に思ったのか、競馬場案内のおねえさんが「実は最近、『プレミアムラウンジ』という新しい席がオープンしたんですよ」と、教えてくれた。

 なぬ? プレミアムだと。それはまた、いい響きではないか。とりあえず、どんなところか、見るだけ見てみよう。

 案内されたのは、4コーナー寄りのスタンド1階で、中はきれいにリノベーションされていた。4〜6名で利用できる個室の他、ブースに区切られたひとり掛けの席もある。ソフトドリンク類は無料で、近隣からピザなどのデリバリーもできるんだとか(もちろん、注文した商品の料金はかかりますよ)。しかも、他の地区でナイター競馬が開催されていれば、そのまま居座って馬券を購入することも可能だという。

 う〜む。確かにゆったりと競馬が見られて、かなり快適な空間である。これで、料金2000円なら悪くない(個室は4名部屋=8000円、6名部屋=1万2000円)。が、マイナス生活にどっぷり浸かっている今、ここで贅沢はできない。せっかく案内してもらったが、結局一般席で勝負することにした。

 幸い名古屋競馬場では、無料の一般席でもミストが噴出しているところがあったり、エアコンが効いた暑さがしのげる場所があったりしたので、そこで涼を取りながら馬券検討に励んだ。

 そして、この日はこれまでとは違うパターンで、最初に腹ごしらえしておくことにした。始めは、入場門を入った両脇に並ぶ食堂、売店で串カツの食べ比べでもしようと考えていたが、名古屋と言えば、やっぱりきしめんである。パドック近くにある『勝や』の暖簾をくぐった。

 いくつかあるお品書きの中から選んだのは、「牛すじきしめん」。暑いので、冷やしでできるか尋ねてみると、「コロね。できますよ」と店員さん。どうやら、冷やしのことは「コロ」と言うらしい。東京と大阪の中間にありながら、独自に発展した文化を持つ名古屋。食の言語分野にも、独特なものがある。

 しばらくして、コロ牛すじきしめんが運ばれてきた。濃いめのお汁に、幅広の麺。その上に煮込まれた牛すじが乗っている。時間もあまりないので、一気にかき込んだ。甘辛い味の牛すじが、存在感のあるきしめんにほどよくマッチ。「やっぱ、名古屋に来たら、きしめんだよねぇ〜」と思いながら、ものの1分もしないうちに平らげてしまった。

 お腹も満たされて、まず本日最初の勝負は第5レース。人気が割れているが、新聞をさっと見ただけで3頭がピックアップできた。まずは軽く様子見と、この3頭の馬連複ボックスで勝負してみた。

 そうすると、その3頭が見事にワン、ツー、スリーでフィニッシュ! こんなことなら、3連単ボックスも買っておくべきだった。でもまあ、馬連の配当は、1040円と悪くない。これは、なかなか幸先がいいぞ!

 ただこの先、まさしく「旅打ち」ならではのジェットコースター的な展開が待っていることを、浮かれポンチ(つまり、ワシ)は、まだ知る由もなかった。

(つづく)

土屋真光●旅人 Traveler&text by Tsuchiya Masamitsu