■「夏競馬」珍道中〜西日本編(9)

 笠松競馬場、小倉競馬場と渡り歩いてきた夏競馬の「旅打ち」(その前に川崎競馬場にもいたが......)。第3ラウンドの舞台は、佐賀競馬場となる。

 佐賀競馬場には、これが初めての訪問だ。グレード競走も行なわれているのに、これまでなぜか縁がなかった。それが今回、やっと来る機会を得て、ワシは国内で開催されている全競馬場"踏破"を達成することになる。

 競馬を始めて、足かけ25年。これまで訪問してきた競馬場の中には、すでに廃止になった競馬場も少なくない。首都圏以外では最も通った広島県の福山競馬場、レース実況をやらせてもらえた栃木県の足利競馬場や山形県の上山競技場......セピア色になりかけているさまざまな思い出が、佐賀競馬場へ向かうバスの車窓に映り込むように鮮やかによみがえってきた。

 久留米駅からおよそ15分、バスは佐賀競馬場に到着した。時間は11時頃だった。中央競馬はとっくに始まっている時間だが、この時期の佐賀競馬は第1レースの開始が12時過ぎ。勝負まで、まだまだ時間はある。

 正門をくぐって、佐賀競馬場の地に足を踏み入れた瞬間、ワシは感慨深い思いを噛み締めた。ついに国内競馬場完全制覇を果たしたのだ! ワシにとっては、誰かに祝ってもらいたいほど、大きなメモリアルなのである――とはいえ、ひとり旅にそんな酔狂な人間は周りに誰もいない。

 まして、死ぬほど暑い。とてもお祝い気分というテンションにはならなかった。競馬場の従事員さんに聞けば、「この夏、一番の暑さ」だとか。このセリフ、笠松競馬場でも聞いたような......。やっぱり、北海道に行きたかったぁ〜。

 本来であれば、感慨深いメモリアルな訪問なのに......。それもこれも、すべて「ブラック媒体・スポルティーバ」のせいだ。ワシの大切な思い出までも踏みにじりおって。

 こうなったら、この佐賀競馬場訪問を自力で楽しい思い出にするしかない。しかも、今夜は熊本に泊まる。そこで楽しくお金を落としていくため、さらに快適な移動と宿泊を手に入れるため、"絶対に負けられない戦いがここにある"のだ。

 まずは予想に集中できる環境を整えるべく、笠松競馬場と同じくエアコンの効いた500円の指定席を確保。笠松競馬のプラス収支もこれが功を奏したはず。勝負事にゲンを担ぐことは大事だ。が、なんと、さすが九州というべきか、佐賀競馬場のスタンドは自由席でもエアコン完備だったのだ。これは、何たる不覚......。いきなり500円を損した気分になった。

 佐賀競馬の第1レースは、5頭立て。パドックに足を運ぶとちょっとした違和感を覚えた。それは、頭数ではなく、馬が歩く向き、である。

 佐賀競馬場は日本で唯一、パドックの周回が右回りとなっている。いつもなら向かって左側から来るはずの馬が、右側から来るだけで不思議な気分になった。ちなみに、海外では日本と逆の、右回りのパドックのほうが多い。

 新聞を見ると、5番カシノミントと、3番コンゴウサクラの人気が抜けている。両者を比べると、カシノミントの人気のほうが上になりそうだが、前に楽に行けそうなコンゴウサクラのほうが展開面では有利に思える。

 しかも、コンゴウサクラの鞍上は、ワシがかつて贔屓(ひいき)にしていた福山競馬場所属だった渡辺博文騎手。前日の小倉競馬のメインも、元福山競馬場所属の岡田祥嗣騎手が勝っている。ここは"福山つながり"で渡辺騎手の手腕に期待して、朝イチから大勝負に出た。

 ところが、だ。スタートして逃げたのは、1番のエリモゲイル。前走も前々走もドンケツでレースをしていた馬だ。そして、直後に人気のカシノミントがつけている。

 我がコンゴウサクラは3番手。なんで、そんな展開になってんの!? もはや、嫌な予感しかない。

 レースは、3コーナーを回って4コーナー迎えようとしていた。コンゴウサクラは前に詰め寄るが、抜かそうという気配がない。

「これは、末脚勝負か?」

 すると、直線に向いて、エリモゲイルとカシノミントが叩き合う外から、猛然とコンゴウサクラが迫ってきた。

「ワタナベぇ〜、頼むぅ!!」

 ワシは必死に叫んだ。激しい競り合いは最後まで続いて、まさしく横一線の状態で3頭がゴールに飛び込んでいった。

 勝負は、写真判定。勢いは、外のコンゴウサクラ。3番、5番、1番という結果になれば、結構な配当になるはずだ。

 しばらくして、着順掲示板に番号が点滅した。1着、5番。2着、1番......。愕然とした。この「旅打ち」一番の投資金が一瞬にして散った。

 気を取り直して挑んだ第2レース。人気どおりの決着で、難なく馬券も当てた。だが、3連単の配当がまさかの360円。完璧なトリガミに終わった。

 ここで、ふと思い返した。そういえば、笠松競馬でも最初に自身が本命にした馬が3着止まり。次のレースがトリガミだった。

「これはある意味、勝ちパターンなのでは?」

 早々にでかい損失を出しておきながら、無駄にポジティブな気分になって、ワシは次のレースに向かっていた。その考えが浅はかだったことを、数時間後に思い知らされることも知らずに......。

 佐賀競馬における暑い"地獄の一日"の幕開けである。

(つづく)

土屋真光●旅人 Traveler&text by Tsuchiya Masamitsu