■「夏競馬」珍道中〜西日本編(8)

 夏の西日本を行く「旅打ち」。小倉競馬では昼間から酔っ払って、まさかの万馬券買い漏らし。以降、完全にリズムを崩して、ハズレ馬券の山を築いてしまった。

 翌日は、そのまま小倉に滞在し「小倉競馬でリベンジ!」ということも考えたが、ここは気分も新たにして、当初の予定どおり、地方競馬の佐賀競馬場まで足を伸ばすことにした。

 実は小倉競馬で負けたあと、競馬場から市内に戻る際、顔馴染みの地元アナウンサーから、「土屋さん、競馬の負けを取り返すなら、このあと小倉ナイター競輪がありますよ。ちょうど『吉岡稔真杯』のS級決勝が行なわれます」と"悪魔の囁き"を受けていた。

 実際、レースの番組を見ると、「こりゃ、もう1号者の園田(匠)でしょうがねぇだろ」という組み合わせ。「おっしゃ、じゃあサウナでひとっ風呂浴びてから、乗り込んだろうか!」と鼻息を荒くしていた。

 しかし、風呂から上がると、これまでの疲れがどっと出たのか、ベッドに横たわった瞬間、あっさりと撃沈。翌朝、結果を見てみると、なんと園田は2着。余計な傷口を広げずに済んで胸をなでおろした。まだまだ運は残っていそうだ――。

「旅打ち」3日目、小倉のカプセルホテルをチェックアウトし、朝早くから佐賀競馬場へ向かった。

 佐賀競馬場に行くには、小倉から新鳥栖まで新幹線で行って、そこからバスに乗るのが一番速い。だが、小倉競馬で負けて"マイナス生活"になった今、そんな贅沢は許されない。JRの普通電車で久留米まで行って、そこから佐賀競馬の『友の会バス(※)』を利用して競馬場へ向かうことにした。
※久留米バスセンターから久留米駅を経由して佐賀競馬場に行く専用バス。競馬開催時は片道の料金で往復乗車ができる。

 JRの乗車券は『青春18きっぷ』を購入(※5日間利用できて、料金は1万1850円)。ここにきて痛い出費ではあるが、長い目で見ればおトクなはずだ。勝てば、もちろん新幹線だが、負ければ帰りの名古屋から東京までも普通電車。そこでも使えるから、十分元は取れる。そうだ、念のために東京までの夜行快速『ムーンライトながら』の指定席も押さえておこう。

 乗車するのは、JR鹿児島本線の快速・荒尾行き。小倉から久留米までは、およそ1時間50分の道のりだ。出発までまだ時間があったので、朝食を仕込んでおこうと、駅前アーケード街入り口にあるベーカリー『シロヤ』に寄った。

 日曜の早朝だというのに、ひっきりなしにお客さんが集まる人気店だ。手のひらサイズの小さなケーキ「オムレット」と、練乳が入ったソフトフランスパン「サニーパン」が有名なのだが、ワシは今日の黒字を願って、あえて「黒ゴマパン」を購入した。お値段、なんと80円!

 格安なパンでも、味は抜群だ。列車に乗ってすぐに頬張ってみると、黒ゴマの香ばしい、独特な風味が口の中で心地よく広がった。粗い食感もまた、その香ばしさを引き立てている。

 それにしても、こんなふうにのんびりと列車の旅をするのは、いつ以来だろうか。

 海外競馬の取材では、移動はほとんど飛行機。つい先日も、南アフリカに行って来たばかりだ。乗り継ぎのイスタンブールでは空港テロとニアミスするなど、あれもまた大変な旅だった。

 そんな飛行機の旅に比べて、車窓からさまざまな風景が眺められる列車の旅は、やはり風情がある。都会暮らしですさんでいた心が、なんとなく洗われる感じもする。

 このときばかりは一瞬だけ、本当に一瞬だけ、「スポルティーバから依頼がなければ、できなかった経験かもなぁ......」と思った。が、直後に「だろ?」と、上から目線の担当編集Tのにやけた顔が頭に浮かんで、自らの考えを全否定した。やはり、こんな無謀なことをさせるスポルティーバはブラックだ!

 どうでもいいことを考えていると、列車は鳥栖を過ぎて、あっという間に久留米に到着した。久留米と言えば、松田聖子に、チェッカーズ、シーナ&ザ・ロケッツの鮎川誠の出身地である。そうそう、この日が投票日の東京都知事選挙に出馬した元ジャーナリスト氏も、確かこの近くの出身だったはず。

 ちなみに、その都知事選挙については、こんな急な出張(というか、無謀な仕事の依頼)もあろうかと思って、告示されてすぐに期日前投票で済ませておいた。とにかく今日は、選挙の投票より、"勝馬投票"のほうが重要なのだ。

 久留米駅を降りて、駅前のバスロータリーで待っていると、佐賀競馬場行きの「友の会バス」がやってきた。ドアが開いて乗り込もうとすると、乗降口の脇からおばちゃんが「ちょっと、ちょっと!」とワシの腕をつかんでくるではないか。「なんだ、このおばちゃん」と思って怪訝な表情をすると、「300円」と言われた。

 ああ、そうか。このおばちゃんにバスの料金を払うわけね。てっきりバスに乗ったところで払うのかと思っていた。ポケットから小銭を出して運賃を支払うと、小さな切符のようなものを1枚くれた。これを出せば、帰りのバスにも乗れるということだ。

 バスの中では、常連とおぼしきおっちゃんたちが、やいのやいのと会話をしている。いつもと同じ時間に、いつもと同じメンバー。これも、ローカルギャンブル場でこその雰囲気だ。

 バスは久留米駅前を出発し、福岡県から川を越えて佐賀県へと入った。まるで隔離された場所へ向かうことを、特別に許可された車両のようだ。

 走ること約15分、競馬場の外周にあるパトロールタワーが見えてきた。

 はたして、今日はプラスで終われるのだろうか......。

(つづく)

土屋真光●旅人 Traveler&text by Tsuchiya Masamitsu