たくさんのメダルと、「自由」を手にして!

まだ夢を見ているような気持ち。リオ五輪レスリング女子53キロ級、吉田沙保里さんが負けました。本当に吉田沙保里が負けたのか。あの吉田沙保里が負けたのか。あらゆる強豪が吉田沙保里を避け、幾多の敵をなぎ倒してきた高速タックルが負けたのか。信じられないというか、まだ本当のことなのかどうか、ゆらゆらと揺れる夢を見ているようです。

メダルを獲れたのだから「おめでとう」と言うべきなのでしょうが、「ありがとう」と言わせるのも「ごめんなさい」と言わせるのも申し訳ないので、今大会で覚えた新しい言葉を使います。「いろいろな想いの詰まった、そのメダルを大事にしてください」。世界の誰もが欲しがるものです。金メダルがお店に売っていないように、銀も銅も売っていないもの。どうぞ大事にしてください。

あなた以外の誰も銀で残念だとは思っていないし、むしろ嘆くよりも感謝が先にわいてきている頃合いです。僕らはもう、金メダルをたくさん獲るレスリング選手に注目しているのではなく、吉田沙保里という人物に魅了されています。色はどうでもよくなってきています。この日、日本は吉田沙保里祭りでした。みんなで吉田さんの話をし、吉田さんの伝説で盛り上がりました。吉田沙保里だから、です。強いからではなく、吉田沙保里だから、です。吉田沙保里が特別だから、です。

あなたは、すべてを成し遂げてくれた。

金を三度見ました。世界の頂点に君臨する姿を見ました。努力しつづける姿を見ました。若者に自分の経験を授ける姿を見ました。それを得た後輩たちが羽ばたく姿を見ました。面白いCMも。面白いポスターも。面白いコスプレも。乙女の私生活も。本当に楽しかった。ただただ楽しかった。あなたの一挙手一投足が面白かったし、あなたのすべてが名場面だった。

その名場面集に、あなたが敗れる姿が加わったのです。望んで見るというものではないけれど、それもまた素晴らしい名場面を見せてもらいました。喜劇も悲劇も素晴らしい。見るべきものはすべて見た。偉大なレスリング選手・吉田沙保里に、僕はもう大満足です。

いつか吉田沙保里が「金」を失うのなら、五輪の決勝がいい。

一番大きな舞台で、一番大きな負けがいい。そう思ってきました。

日本の早朝5時。起きつづけて迎えた者、あなたに合わせて起きた者。多くの人がこの試合を楽しみにし、そこであなたの負けを見た。何度も見ることはできないであろうものを、こんなにたくさんの人が見守れた。五輪だから、みんなで見守れた。

そして、五輪だからあなた以外の若者たちのことも一緒に見守ることができた。今大会、日本の女子レスリングは4つの金メダルを獲りました。そのうちひとつはあなたとともに日本の女子レスリングを育ててきた伊調馨さんですが、残り3つは今大会が初の五輪となる次世代の選手です。吉田沙保里に憧れて、吉田沙保里を見て育った選手たち。あなたの蒔いた種です。

彼女たちが獲った金メダルは3つ。もうあなたがこれまでに獲った五輪の金に並びました。吉田沙保里としては今大会の金を獲れなかったけれど、あなたひとりで獲れる以上の数を、若者たちが獲ってくれた。いや、3つじゃない。あなたを破ったヘレン・マルーリスもそうです。あなたを倒すためにこの階級にエントリーし、強くなり、金を獲った。みんながあなたの蒔いた種だ。

これからもその数は増えていくでしょう。あなた自身が4連覇、5連覇、6連覇するよりも多くの数を獲ってくる。12年間、あなたが楽しませてくれたことが、今につながっている。「あの人のようになりたい」という選手を育み、「レスリングを見なくちゃ」と思う観衆を育てた。言うなれば、全部が吉田沙保里由来の金メダルです。

リオで金4つ、銀1つを獲った。そう思って、胸を張ってください。

「いや、コレは私が私のチカラだけで獲ったメダルです!」なんてことは若者たちは言わないでしょう!そんなこと言い出したら、高速タックルでオダブツですからね!

そして、この銀の副賞として、ついてくるものがあります。

「自由」です。

大きすぎるあなたの存在は、あなた自身をも縛ってきました。4連覇、5連覇、6連覇…無限につづく期待。吉田沙保里ならできるかもしれない。吉田さんは不老不死だと思う。吉田さんなら神をも討伐できる。「伝説」は広がりつづけてきました。あなたはそれに応える人なので、4連覇していれば5連覇に、5連覇していれば6連覇に、永遠の挑戦をつづけていたでしょう。

しかし、「伝説」は一旦途切れた。

もう一度、復活の物語を綴るのもいい。これを第一部の幕として、新章を始めるのもいい。今は思うがままの自由があります。試合後のインタビュー、あなたは「(父が)助けてくれるかなと、どこかで思ったのが間違いだったのかな」と語りました。お父さんは、親ならそういうものだと思いますが、ただ「あなたが幸せになる」ことを祈っているだけだろうと思います。

不老不死の命を持って、五輪を100連覇するようなことは親なら願わないでしょう。どこかで伝説が途切れるのは仕方ないと思っているはず。ただ、どんな結果からも立ち上がって、もう一度歩き出そうとするときに、手を貸してくれるのではないか。それが親なんじゃないのかなと思います。

「ありがとう」です。みんなが「ありがとう」です。お父さんもそうでしょうし、僕らはもちろんそうです。もう何も欲しくないです。吉田さんからもらえそうなものは全部もらいました。逆に欲しいものがあれば言ってください。命以外なら、できる範囲で差し上げます。

どうぞ、思うがままに。

未来がどうなったとしても、吉田沙保里は、最高です!!

【伝説に一区切りをつけた2016年】


【お父さんを肩車してあげた2012年】


【連覇を成し遂げた2008年】


【栄監督がフサフサだった2004年】