■「夏競馬」珍道中〜西日本編(1)

 今思えば、「ラッキー♪」なんて思ってしまったことが間違いだった。

 5万円とはいえ、スポルティーバ編集部が一介のライターに理由もなく現金をくれるはずがないのだ。考えが甘かった......。

 今、これを執筆しているのは、7月29日の朝。名古屋駅近くにある、とあるサウナの無料PCコーナーである。税込み1580円で最大8時間利用できる。東京からの深夜バスによる移動の疲れと、前日からの汗を洗い流すために立ち寄ったところだ。

 話は前日に遡(さかのぼ)る。

 7月28日の川崎競馬はなんと"怪獣酒場ジャックデー"ということで、川崎駅近くにあるウルトラ怪獣をテーマにした居酒屋『怪獣酒場』と川崎競馬とのコラボレーション開催が行なわれていた。もちろん、怪獣たちも競馬場にやってくる。

 これを見逃す手はない。筆者は、本放送こそ間に合っていないが、ウルトラマンで育った世代だ。なにしろ、この世に生を受けた日がウルトラマンエースの本放送最終回だったし、生まれて初めて覚えた漢字は、自分の名前ではなく「怪獣」というくらい、ウルトラ怪獣はドンズバなのである。

 その川崎競馬場に向かう前のことだ。まずは本日の軍資金をおろすべく銀行のATMに寄った。ついでに通帳の記帳もしたところ、覚えのない入金がスポルティーバ編集部からされていた。

「ラッキー♪」

 入金されていたのは、5万円。普段恵まれない筆者に対して、心ばかりのボーナスのようなものだろうか。「スポルティーバって、優しいなぁ〜」と、そんなふうに勝手に解釈していた。同時に、「さて、このお金で何をしようか」などと、思案を巡らせた。

 そのとき思いついたのが、10年近くご無沙汰だった笠松競馬場(岐阜県)への訪問だ。幸いにして、翌日に開催がある。翌日の日帰りなら、他の原稿執筆にも支障はない。決まり、である。

 では、新幹線で行くか。いやいや、そこは少しでも節約して、その分、馬券を多く買おうではないか。勝って、帰りはゆったりとのぞみのグリーン車で帰ってくればいい。

 ということで、すぐさまスマホで検索して、深夜便となる東京発、名古屋行きの高速バスを予約。3列シート、ネット割引クーポン使用で乗車券は3000円弱である。「これはおトク♪ 名古屋でひつまぶしも食べられそうだ」なんて、ウキウキしていた。

 ならば、と一旦自宅に戻って、旅の荷物をまとめる。日帰りのようなものとはいえ、この暑さだ。朝名古屋に着いたら、サウナでさっぱりしたい。着替えを持って、せっかくの笠松だからカメラも持って、帰りの車内で仕事ができるようにとノートパソコンも、旅行カバンに放り込んだ。

 まさかこの旅の準備が、のちに自分を助けることになるとは......そのときはつゆにも思わなかった。

 川崎競馬場に着くと、なんとバルタン星人がゴール前の表彰エリアでメインレースの予想を披露していた。このバルタン星人は『怪獣酒場』の店長なのだそうだ。通訳(?)のおねえさんによると、酒井"忍"騎手は、実は宇宙忍者であるバルタン星人の仲間らしく、酒井騎手が騎乗する馬が勝つという。

「ほうほう。参考にしておこう」などと、お気楽に頷いていた。

 レース始めは、9レース。「酔っぱらい怪獣『ベロン』杯」は、手にしていた競馬新聞をパパッと参考にして、3番を軸に三連複4頭流しを200円ずつ買った。

 これが、見事正解!

 いきなり配当1080円をゲット。1500円ほど浮いたお金で、川崎競馬場オリジナルのクラフトビール『ロジータ』(600円)と、名物『志ら井』のモツ煮込み(450円)を早速購入した。

 今日は仕事でもなんでもないので、関係者に遠慮なく酒も飲める。しっとりと汗ばんだ体に、のどを通じてロジータが染み込む。やっぱりナイター競馬を見ながらのビールは格別だ。

 ただ、このビールでほろ酔い気分になって、その後のレースはさっぱりだった。メインレースもバルタン星人の予想に乗って、まんまと大ハズレ。まあでも、それほど大きな傷にもならず、川崎競馬場をあとにしてからは、競馬場で合流した仲間たちと一緒に、そのまま駅前の『怪獣酒場』へ。軽く飲んで、秋葉原から出発するバスで名古屋に向かった。

 名古屋駅近くのバスステーションに到着したのは、朝6時頃。そして、ひとっ風呂浴びるために、冒頭のサウナに行って、笠松競馬へ出陣する前の英気を養っていた。

 そこへ、スポルティーバの編集担当Tから着信。発信番号は編集部からではなく携帯からだった。こんな朝早くから珍しい。

「ツッチー? おはよう。昨日さあ、5万円、振り込まれていたでしょ?」

「ああ、その節はありがとうございます。いやぁ〜、5万円とはいえ、ボーナスもらっちゃって恐縮です」

「え? 何言ってんの? ボーナスなんか出るわけないじゃん。ちょっとそのお金でさ、『旅打ち』に行ってきてよ。そうだなぁ、4箇所くらい。JRAの新潟と小倉がちょうど明日から始まるでしょ。そのどっちかを絡める感じで」

 えッ!? 「何言ってんの?」はこっちのセリフだよ。「このおっさん、何言ってんだろう」と思った。

 どうやらスポルティーバの企画で、5万円を軍資金にして『旅打ち』をして来い、というのだ。しかも、移動費、宿泊費を5万円でまかなうだけでなく、各地の名物も食ってこい、と。さらに「足りない分は、馬券で稼いで」だと。

 いやいや、稼げなかったら、帰れないし、傷口を広げるばかりじゃないの!? 「急にそんなの無理です」って、平にお断りした。が、そんなことお構いなしに、編集担当Tが言う。

「今日か、明日から、早速行ってくれるかな?」

 このおっさんは、エスパーか、何かなのか。仕方なく、「もう旅に出ているんですよ。笠松に。だから、やっぱり無理です」と言うと、編集担当Tはこう畳み掛けてきた。

「じゃあ、ちょうどいいじゃん。そっからスタートしてよ!」

 いやいや......。もう全然、新潟も小倉も関係ないし......。だったら、せめて涼しい北海道に行きたいと思ったが......。

「北海道はさ、もう別のライターさんに行ってもらっているから。もうそろそろ着く頃じゃないかな。だから、ツッチーは新潟か小倉で。どうせなら、小倉がいいかな」

 アホか!! そう怒鳴ってやりたかったが、しがないライターがそんなことを言えるはずもない。でもなんで、別のライターさんには事前に連絡があって、ワシはいきなりなのか。

「だって、そのほうが面白いじゃん」

 絶句である......。朝、風呂でさっぱりした気分はどこへやら。編集担当Tの"鬼のひと言"で、この夏いちばんの過酷な日々が始まったのであった。

(つづく)

土屋真光●旅人 Traveler&text by Tsuchiya Masamitsu