■「夏競馬」珍道中〜北日本編(8)

 盛岡→札幌→帯広と渡り歩いてきた「旅打ち」も、いよいよ次の門別が最後となる。

 これまでの3カ所は、どれも過去に行ったことがあったが、門別は今回初めて訪れる競馬場。だから、とても楽しみにしている。

 けれども、札幌、帯広と連敗。というか、どちらもまったく当たらずの"ボウズ"だったので、財布の中がかなり心細くなっている。その意味では、「楽しみ」なんて本当は言っている場合ではないかもしれない。が、ここまで来たからには、行くしかない。旅の最後に起死回生の一発を狙うつもりだ。

 帯広から門別に行くためには、まず札幌に戻らなければならない。もはや無駄なお金は使えないので、昨日と同じく「オトクなきっぷ(※)」を使って各駅列車で行くしかない。
※1週間の有効期間内なら、JR東日本とJR北海道の普通列車が乗り放題という「北海道&東日本パス」。値段は1万850円。ただし、特急電車使用の際には乗車券として使用できず、新たにその間の乗車券も必要となる。

 朝6時52分発の電車に乗って、帯広駅を出た。同じホームの反対側には、札幌行きの特急列車が発車の時間を待っていた。

「あっちに乗れば、あっという間に札幌に着くのに......」

 ゆっくりと電車が動き出す中、ちょっとうらめしい気分になった。

 札幌駅に着いたのは、13時19分。札幌から門別競馬場までは無料の送迎バスがあるが、1日1往復のみで、この時間にはすでに札幌を出てしまっている。

 となると、再びJRの各駅列車で行くことになるが、15時20分まで連絡する電車がない。ひとまず、ホテルにチェックインしてから出直すことにした。

 門別競馬場の最寄り駅は、JR日高本線の富川駅。ただ、日高本線は昨年発生した土砂災害からまだ復旧しておらず、鵡川まで行って、そこからは代行バスに乗り換えた。

 なんとか富川駅に着いたのは、18時05分だった。

 移動疲れもあってか、ややふらふらしながらバスを降りた。その瞬間、がく然とした。

 そこには人気(ひとけ)のない駅舎があるのみで、競馬場まで行くバスも、タクシーも見当たらない。だいたい、普段からそんなものがあるのか、と言いたくなるほど閑散としている。

 仕方なく、一緒にバスを降りた地元の高校生に競馬場までの道を尋ねてみたが、すかさず「本当に歩いていくんですか?」と呆れられた。聞けば、長くだらだらと続く坂道を越えて1時間近くはかかるという。

 朝早くに帯広を出て、ようやく目的地近くまでたどり着いたというのに、またしても試練だ。

 しかし、高校生とのやり取りを聞いていたのか、近所のおじさんがやって来て、少し先に行けば、タクシー会社があると教えてくれた。

 ホッとした。本当に、このときはホッとした。

 あとで聞けば、富川駅と競馬場を結ぶバスが1日1本あるという。札幌から来た送迎バスが、おまけ的な感じで1回だけ往復してくれるそうだ。前に、盛岡競馬場のことを「日本一アクセスが悪い」と書いたが、ここもなかなかのものだ。

 競馬場までのタクシー代は1500円ほど。残金を考えれば痛い出費だが、やむを得ない。さすがにもう、坂道を小1時間も歩く元気はない。

 とはいえ、今晩のホテル代を差し引けば、もはや残金はないに等しい。いや、ひょっとしたらすでにマイナスになっているかもしれない。少なくとも、このあと競馬で勝負するということは、明日の朝に支払うホテル代に手をつけることになる。

 だからといって、ここでめげたり、弱気になったりしてはいられない。頭に浮かぶのは、出発前に担当編集Tが言ったひと言だ。

 そう、足りなければ「競馬で儲ければいい」のだ。

 門別競馬場は、1997年にそれまで競走馬のトレーニングセンターだったところを改築してできた。以後、日本で競馬場は作られていないから、日本で最新の競馬場となる。ばんえい競馬は今や帯広が唯一の競馬場となってしまったが、北海道公営の地方競馬(ホッカイドウ競馬)も現在はこの門別だけである。

 1周1600mで、地方競馬では大井競馬場と並んで最大のコースを持つ。4月から11月の中旬くらいまで開催されていて、全日程ナイター競馬で行なわれている。

 競馬場の入り口に着いて、窓口にいたおばさんに「いくらですか?」と聞くと、優しい声で「タダですよ」と言われた。ここは、入場料が無料なのだ。

 それから競馬場の情報を得ようとインフォメーションに行ってみると、おねえさんが「道外からお越しですか?」と聞いてきたので、「東京からです」と答えた。すると、「それなら、この先の建物へ行ってください。そこでプレゼントを用意しています」という。

 案内された場所に行ってみると、なんと係りの女性が「どうぞ」と言って、特産の日高昆布を手渡してくれるではないか。わざわざ遠くから来てくれたお客さんへの、感謝の気持ちを込めた贈り物だという。

 これまでずっと、道中では"苦難"を強いられ、競馬では痛い目を見てきただけに、この心遣いは骨身にしみた。

 予想外の「おもてなし」になんだか少し元気になってきた。

 今度こそ、何かいいことが起こりそうだ。

(つづく)

新山藍朗●旅人 Traveler&text by Niiyama Airo