■「夏競馬」珍道中〜北日本編(6)

 北の大地を行く「旅打ち」。次の目的地は、ばんえい競馬で知られる帯広競馬場(ばんえい十勝)である。

 札幌から帯広へ、列車で行く方法は大きく分けてふたつある。

 ひとつは、JRの千歳線、石勝線を経由して根室本線に入る経路。もうひとつが、函館本線で滝川まで行き、そこで根室本線に乗り換える経路。便宜的に、前者を南回りコース、後者を北回りコースと呼ぶことにする。

 もし地元の人に、「どちらのコースで行きたいか?」と聞いたとしたら、「北回り」と答える人はまずいない。なぜなら、南回りにはおよそ2時間半で行ける帯広行きの特急電車が頻繁にあるが、北回りにはそれがないからだ。北回りは乗り換えで時間がかかるうえ、列車の本数自体少ないのも難点だ。

 ゆえに地元の人たち、おそらく観光客の方々も、帯広に行く場合はたいてい南回りを選ぶ。が、それはあくまでも特急電車が利用できたときの話。ワタシが持っている「おトクなきっぷ(※)」では、否が応でも、不便な北回りを選ばざるを得なくなる。
※1週間の有効期間内なら、JR東日本とJR北海道の普通列車が乗り放題という「北海道&東日本パス」。値段は1万850円。ただし、特急電車使用の際には乗車券として使用できず、新たにその間の乗車券も必要となる。

 今日も楽しい旅になりそうだ......。

 札幌を出たのは、午前7時少し前。1時間半ほどで滝川に到着し、ここでさらに1時間ぐらい待って釧路行きの普通電車に乗った。

 その普通電車、いかにも使い込んできた、という古ぼけたものだった。なにしろ、今どきの電車なのに冷房がない。あるのは、あまり役に立っていそうもない送風機のみ。そのため、乗客は電車に乗るやいなや、誰もが一斉に窓を開ける。

 時代が一気に高度成長期に戻ったような感じだ。

 それでも、列車が動き出してしばらく走ると、ワタシは軽い感動を覚えてしまった。半分ほど開けた窓から入ってくる風が、なんとも心地よいのだ。作りものではない自然の風がもたらす、本物の心地よさだった。

 窓の外に広がる、何の変哲もない緑一色の光景にも、どこか「北海道、いいでしょ?」と語りかけてくるような、しみじみとした味わいがある。

"北回り"だって、悪くない。

「旅の不便さは、旅の楽しみをつくる」――誰にも選ばれない"北回り"がそのことを教えてくれた。

 そういえば、ここまで通過した駅の中に岩見沢があったが、そこにも10年くらい前までは、ばんえい競馬があった。全盛時は帯広と、その岩見沢と、旭川、北見を加えた4箇所でばんえい競馬が行なわれていた。

 ばんえい競馬の主役は、輓馬(ばんば)。この輓馬、「輓(ひ)く馬」とも読める。

 もともと木材などを「輓く」ための馬だった輓馬。開拓時代、人々が余興でその輓馬同士の「輓く」力を競い合ったのが、ばんえい競馬の始まりだと言われている。

 そういう意味では、輓馬は北海道の、開拓時代の名残を今に伝える、貴重な文化遺産でもあるわけだ。

 しかし一方で、競馬は文化でありながら、経済行為でもあり、とりわけ地域経済の動向とは密接な関わりを持っている。しかも背景には、常に「所詮はギャンブル」といった白い目が光っている。

 だから、競馬が儲かっているうちは、その存在が問題になることはないが、売り上げが落ちて赤字がかさみ始めると、途端に「所詮はギャンブル」論が台頭。「廃止すべし」という声が大きくなる。

 そして、その大きくなった声の前では、「いや、これは貴重な文化ですから」などといった主張は、ほとんど力を持たない。

 ばんえい競馬も、売り上げの減少によって「廃止すべし」の声が膨らんで、2007年からは帯広だけの単独開催となって、あとの3場は2006年に廃止となった。

 競馬と、経済、文化の関係については、いろいろな意見があると思うし、必ずしも「文化だから、絶対に残さなければならない」というものでもないような気がする。ただ、最後に残った帯広のばんえい競馬だけは「絶対に廃止させてはならない」と、開拓者たちの心も癒したであろう北海道の雄大な景色を見つめながら、強く思った。

 列車は、あのテレビドラマ『北の国から』の舞台として有名な富良野で30分ほど時間調整して、再び帯広へ向けて走り出した。

 さっきまで青空が広がっていたのに、富良野の手前あたりから雨が降り始めた。こういう天気も、北海道らしい。

 帯広到着は、午後2時11分。

 改札を抜けて駅の外へ出ると、それまで降り続いていた雨がさっとやんだ。

 これは吉兆だろうか。

(つづく)

新山藍朗●旅人 Traveler&text by Niiyama Airo