■「夏競馬」珍道中〜北日本編(4)

 予算5万円で行く「夏競馬の旅打ち」企画。

 イカ定食を堪能した函館からは、札幌まで高速バスを使った。函館から朝一番の列車に乗っても、次なる目的地である札幌競馬場には競馬をやっている時間に着けないゆえの、やむを得ない選択だ。

 今回、「使える!」と思って購入したJRの「おトクなきっぷ(※)」だが、やはり安いだけの不便さがある。
※1週間の有効期間内なら、JR東日本とJR北海道の普通列車が乗り放題という「北海道&東日本パス」。値段は1万850円。

 新幹線や特急なら、問題なく時間内に着ける距離でも、このチケットは各駅停車しか乗れないから、乗り換えや通過待ちなどでやたら時間がかかってしまう。それに、函館→札幌間で特急に乗るにしても、その際にこのチケットは乗車券としては使えない。特急券に加えて、新たにその間の乗車券も必要になる。

 ならば、札幌まで4600円(※料金は目安)の高速バスのほうが断然安い。

 函館からのバスは、なかなか快適だった。各駅停車の列車の座席にはリクライニングというものがないし、クッションも大して効いていない。だから、ふかふかのシートに座って、背もたれをゆっくりと後ろに倒したときは、なんだかほっこりした気分になった。

 函館の市街地を離れると、バスは夏の北海道の雰囲気がいっぱいに漂う山道を走る。その窓の外に広がる緑一色の景色に目をやりながら、つらつらとこれから行く札幌競馬のことを考えてみた。

 札幌競馬はかつて、今ほど注目度が高くはなかった。なにしろ、開催の看板レースとなっている札幌記念(芝2000m)が、当初はダートコースで行なわれていたのだ。

 おそらく注目度アップのきっかけとなったのは、それが芝コースで行なわれるようになってから。その後、GIIIだったこのレースがGIIに格上げされると、それまでは考えられなかった一流馬が出走するようになり、さらにレースの価値も、注目度も上がって、その結果、札幌競馬全体の盛り上がりにもつながった。

 もちろん、他にもいくつか理由はあるだろうが、札幌競馬が近年、「夏のローカルでは一番」と言われるほど注目を集め、競馬のレベルも高く評価されるのは、札幌記念のこの変遷と無関係ではないと思う。

 馬で言えば、エアグルーヴ。

 GIIIからGIIに格上げとなった1997年、まさにその年、この馬が札幌記念に出走した。

 そして、鮮やかに勝利を飾ると、ここをステップにしてGI天皇賞・秋(東京・芝2000m)に駒を進め、当時「牝馬には勝つのは無理」と言われたこのレースを快勝。バブルガムフェロー以下、牡馬の一線級を蹴散らして見せた。

 それからは、ファインモーション、ヘヴンリーロマンス、ハープスターら名牝が勝ち馬に名を連ね、2着に敗れたものの、ブエナビスタもここをステップにして、大いに羽ばたいていった。

 今や札幌記念は、トップレベルか、あるいはこれからトップレベルにのし上がろうとする牝馬たちにとって、「ここが王道」と言っても過言ではないほどの、重要なステップレースとなったのだ。

 秋の激戦を見据えたとき、ローテーション的に楽なこと、札幌の洋芝が脚元への負担を軽くしてくれること、別定戦ゆえに極端に重い斤量を背負わなくて済むなど、根本的に肉体面のポテンシャルでは牡馬に及ばない牝馬にとって、札幌記念を使うことは、そうしたいくつかのメリットがあるらしい。

 すべては、エアグルーヴが開いた道だ。

 希望というのは道のようなもので、みんなが歩けば自然にできてくる――そんなことを言ったのは、中国の作家だったか。エアグルーヴが開いた道を、のちにブエナビスタも、ハープスターも歩いたことを思えば、まさにその言葉のとおり、牝馬たちの希望は開かれたのだと思えてくる。

 近年、ひと昔前には考えられなかったくらい、牝馬が"オトコ勝り"の活躍を見せている。大きく捉えれば、これもエアグルーヴの、1997年の札幌記念の勝利から始まったと言っても言いすぎではあるまい。

 それはまた、日本の競馬史において、札幌競馬がそれだけ重要な役割を果たした、ということでもある。

 これから向かう札幌競馬場では、その牝馬たちの重賞、クイーンS(芝1800m)がメインレースとなっている。ここをステップに、さらなる飛躍が期待されたチェッキーノ(牝3歳)は回避してしまったが、それでももう1頭、秋に向けての躍進を期待したい馬がいる。

 馬券は、その馬から買うつもりだ。

 高速バスは札幌を目指して快調に走り続ける。心地よい揺れの中、急に眠くなってきた......。

(つづく)

新山藍朗●旅人 Traveler&text by Niiyama Airo
photo by AFLO