■「夏競馬」珍道中〜北日本編(2)

【疲れ切って到着した盛岡で思わぬ"事件"発生】

 5万円で行く、というか行かされた(?)「夏競馬」の旅打ち企画。

 盛岡には、午後1時58分に着いた。

 宇都宮を出たのが午前5時18分だから、およそ8時間半もの間、電車に揺られていたことになる。

 この間、実に6つの路線を乗り継ぎ、律儀にも、ひと駅ごとにほぼもらさず、86もの駅に停まってきた。

 旅というよりは、何かの記録に挑戦でもしているような気分だ。

 体にかかる負担はそれほどでもなかったが、終点の盛岡に近づくにつれて、さすがに「まだ着かないのか......」というイライラ感が募った。できれば、帰りは同じコースを逆からもう1度、というのだけはやりたくないが、さてどうだろうか......。

 そのためには、まずここ盛岡でいいスタートを切ることだ。

 それにしても、東京からずいぶんと北へ来たはずなのに、盛岡は東京にもまして暑い。気温はおそらく30度は超えているはずで、長旅を終えた身には、この暑さはこたえる。東北の夏は、いつからこんなに東京みたいになってしまったのかと、文句のひとつも言いたくなった。

 そこに、さらに追い討ちをかけるような事件発生だ。

 予定では、盛岡駅に着いたあと、そこから競馬場までは無料送迎バスを利用することになっていた。

 ところが、駅のインフォメーションで教えてもらったバス乗り場へ行くと、バスもなければ、列をなしてバスを待っているはずの競馬ファンもいない。

「おかしい?」

 そう思って、バスの時刻表を確かめると、競馬場行の最終がなんと午後1時30分発なのだ!?

 早い、早すぎるぞ、と抗議の声をあげたところで後の祭り。

 ワタシが長旅に耐えて盛岡に着いたときには、もうとっくに最終バスは出てしまっていたのだ。

 はじめは「なんて競馬場だ!」と、怒りの矛先を競馬場に向けたが、事前にちゃんと調べておけば、それくらいはわかること。単に、ワタシがうかつだったのだ。

 とはいえ、盛岡で競馬をやるために、あえて前日の深夜に東京を出発し、宇都宮で半分野宿みたいなことまでしたのだ。ここは、なんとしても行くしかない。

 ただし、盛岡競馬場は無料送迎バス以外、電車や路線バスのような公共交通機関はなく、無料バスがダメなら、あとはタクシーで行くしかない。地元の人はマイカーで行くのだろうが、"旅人"にとっては、ここはおそらく日本で最もアクセスの悪い競馬場だ。しかも、当の競馬場は市の中心部からえらく遠くて、郊外というよりは、むしろ山の中にある。

 ここまで使った予算は、500mlの缶ビールと、昼に食べたコンビニのサンドイッチとコーヒーで、合計700円ほど。つましく、つましく旅することで「5万円旅打ち」の完遂を目指していたのに、こんなところで思わぬ誤算だ。

 結局、盛岡駅から競馬場までタクシー代は3500円もかかった。

 車中、ずっと恨み言を並べ立てるワタシに、運転手さんはこう言った。

「バスに乗り損ねて、駅から競馬場までタクシーかい? そういうお客さんは珍しいね。そうだなぁ〜、年に2、3人もいるかなぁ」

 年に2、3人マヌケがいて、その中のひとりがワタクシなのか......。運転手さん、傷口にたっぷりと塩を塗ってくれたなぁ〜。

【大自然をバックに名物『ジャンボ焼き鳥』を堪能】

 盛岡競馬場は、日本で唯一、地方競馬なのに芝コースがあることで知られている。また、毎年秋には中央競馬の強豪馬が出走する南部杯(ダート1600m)が開催されていることから、中央競馬ファンにも馴染みが深い。

 周囲を山に囲まれたのどかな競馬場で、内側に1周1400mの芝コースがあり、その外側に1周1600mのダートコースがある。内が芝で、外がダートという形態は日本では珍しく、これに左回り、小回りという特徴が加わって、まるでアメリカでよく見る競馬場のようだ。

 競馬場の正門をくぐってすぐに気づいたのは、人が少ないこと。敷地は広くて、今風なきれいな感じなのに、本当にパラパラッとしか人がいない。

 ただそれでも、さっきのタクシーの運転手さんの話では、経営的には上向きなのだという。ずっと力を入れてきたインターネットによる馬券販売が定着し、それが好調な売り上げを支えているらしい。

 こんな山奥で、こんなに人が少なくて大丈夫かとちょっと心配になったが、その話を聞いてひと安心だ。

 競馬場の正門から右前方に少し行くと、『屋台村』と呼ばれる建物がある。ここの『ジャンボ焼き鳥』が、この競馬場の名物。まずはレースよりも先に、この名物を味わうことにする。

 焼き鳥というよりも、チキンの照り焼きを串に刺したという感じで、確かに普通の焼き鳥の3倍はあろうかと思うほどでかい。『ジャンボ』というネーミングに偽りなし。

 味もまずまず。できれば「焼きたてを食べたかったな」とは思ったものの、それでもビールとの相性はバツグンだ。

 一気に完飲、完食。競馬場で、視線の向こうに映える自然の山を見ながら、焼き鳥片手に飲むビールは、ホントうまかったなぁ〜。

 馬券を購入したのは、7レースから。

 そこでいきなり、「穴に」と狙った馬が出走直前に取り消し。加えて、軸馬にした1番人気の馬が4着とコケた。むろん、馬券はパーだ。

 その刹那、さっきのタクシーの件を急に思い出した。

 年に2、3人の確率の不運......。馬券も外れた......。今日はオレ、ダメなんじゃないか――そんな不安に襲われたのだ。

 続く8レース。

 1頭抜けた人気を背負った馬がいたが、それよりもパドックでよく見えた馬がいた。ところが、取り消し明けのため、実力のわりには人気がない。そこで、この馬から馬券を買おうと決めた。馬単で5点。ただし、大きく張るほどの自信はない。買おうとする気持ち以上に、「今日はダメなんじゃ......」という思いのほうが上回ってしまうのだ。

 結局、1点につき100円ずつの馬単5点、計500円。

 すると、なんとこれが見事に的中! 2070円の配当がついた。

 出走頭数が少なく、そのため大きくは荒れない地方の競馬では、これはちょっとしたオイシイ配当だ。なのに、ワケのわからない不安に駆られて100円しか買っていないとは......。

 次の9レースも、同じようにパドックを見て、ひらめいた馬がいた。再びそこから買うと、これも馬単が2260円の好配当。2連勝である! が、投資金額は100円。しかも悪いことに、前のレースで当たったのをいいことに、あれもこれもと、本来買う予定ではなかった馬券まで買ってしまった。

 結果、3レースでトータル儲けは500〜600円。

 馬券は投資金額が大事じゃないし、何より儲かったからいいじゃないか、という考え方もあるだろう。けれども、もう少しうまく買えば、思わぬ出費となったタクシー代がチャラにできたうえ、このあと駅前あたりで、岩手が誇るうまい地酒にありつけたかもしれない......。そんな気持ちがモヤモヤとした、後ろ髪をひかれるような思いが強く残った。

 最終の10レースは、帰りのバスに乗り遅れることが心配になったので、見(けん)。

 盛岡駅からの競馬馬行きのバスがあと30分か40分遅かったら、今日はどんな一日だったのだろうか。バスに揺られながら、長い、長い一日に思い巡らせていたワタシは、北の地にあるひとつ目の競馬場を後にした。

(つづく)

新山藍朗●旅人 Traveler&text by Niiyama Airo