■「夏競馬」珍道中〜北日本編(1)

「夏の北海道で旅打ち」と言えば、旅好き、競馬好きにはたまらない"お宝企画"である。

 でも、その企画の中身を聞いて、ちょっと腰が引けた。

 予算は、きっちり5万円。これで、盛岡を皮切りに、札幌、さらには帯広のばんえい、門別と、4つの競馬場を回って来い、と言うのだ。

 仮に、東北新幹線で盛岡に行き、競馬を楽しんだあと、開通したばかりの北海道新幹線を利用して終点の新函館北斗まで行くとすると、その区間の往復料金だけでほぼ予算は尽きてしまう。飛行機は言うに及ばず、バスやフェリーを利用する手もあるが、それとて、この予算では移動と泊まりが精一杯。

 旅はできても、「旅打ち」までは厳しいのだ。

 しかし、担当編集者Tはそんな事情などまるで意に介さず、こともなげにこう言った。

「足りない分は、馬券で勝って稼げばいいんですよ」

 かくして、ただいま7月30日、午前2時。ワタシは、JR東北本線・宇都宮駅の駅前広場のベンチにいる――。

 確かに5万円の予算では、まっとうな「旅打ち」などできるはずもない。けれども一方で、旅と競馬と、そこに当然つきものの、酒と北国の旬の味覚とくれば、「5万円でもいいか」とつい口走ってしまうほど、抗(こう)しがたい魅力があるのもまた事実なのだ。

 それに、「馬券で稼げばいい」という担当編集者Tの言うことにも、これまた抗しがたい一理がある。

 そうして、すぐにJRのサイトにアクセスして"おトクなきっぷ"を探してみると、あるある、まるでこの旅のために用意されたような"おトクな"ヤツがあるではないか!

 1週間の有効期間内なら、JR東日本とJR北海道の普通列車が乗り放題で、お値段、なんと1万とんで850円ナリ。

 この「北海道&東日本パス」という"おトク"なヤツを上手に使えば、1競馬場あたり5000円として、計2万円の競馬資金は確保できる。それに、これさえあれば、旅先でどんな目に遭おうとも、なんとか東京には帰ってこられる。

「よし行こう!」

 これで、ハラは決まった。

 では、そのワタシがなぜ今、深夜の宇都宮にいるのか。

 理由は、東京から普通列車を乗り継いでいくと、盛岡にはどんなに早くても午後4時過ぎにしか着かないからだ。これでは、せっかく競馬場に着いても、やれるレースなんてほとんどない。

 そこで、前日の夜に出発することにして乗ったのが、上野発23時38分の宇都宮行き。まさに、石川さゆりさんが歌う『津軽海峡・冬景色』の歌い出しの世界である。が、歌の列車は夜通し走り続けて終点の青森まで行くのに、今どきの「上野発」は宇都宮止まり。宇都宮に着いた途端、ホームでは「本日の列車はすべて終わりです」というアナウンスが繰り返し響いた。

 宇都宮に着いたのは、午前1時25分。次の電車は、午前5時18分発の黒磯行きの始発列車。宇都宮駅では、ワタシが乗ってきた列車が到着するや、駅員たちが15分もしないうちに客を駅舎内から追いやって、すべての出入り口に鍵をかけてしまった......。

 これがこの時間、ワタシが宇都宮にいる理由だ。

 そういえば以前、宇都宮には競馬場があり、2005年まで競馬が行なわれていた。足利競馬、高崎競馬と連携して、北関東の三冠レースもあったという。その3場とも今はないが、もし今も競馬が行なわれていれば、この旅打ち企画のスタートは宇都宮だったかもしれないと、ふと思う。

 駅員の話では、午前4時には駅のドアが開くという。その間、どこで過ごすかにはいくつかアイデアもあったが、結局、駅前広場のベンチで過ごすことにした。

 すぐそばのベンチでは、何人かの酔っ払いが「博打はなぜやめられないのか」と、とりとめのない議論を続けている。

 三日月を浮かべた夜空の下、その議論を聞くともなく聞きながら、缶ビールをちびちびやり、キーボードを打つのもなかなかレアな体験だ。

 東の空が白々と明け始めた。午後にはいよいよ盛岡だ。いざ、勝負!

(つづく)

新山藍朗●旅人 Traveler&text by Niiyama Airo