皐月賞を異次元の末脚で勝ったとき、競馬ファンの中には、いつかドゥラメンテが今日のような悲運に見舞われるのではないか、と危惧した人も少なからずいたのではないか。

 2015年4月、中山・芝2000mが舞台となる牡馬クラシック第1弾。3番人気のドゥラメンテは、直線入り口で包まれそうになると、内ラチ沿いから横ざまに馬群の外へ"ワープ"。そこから進路を前方に取ってからは、先行する馬たちがまるで止まって見えるほどの豪脚でごぼう抜きした。

 あのとき、鞍上のミルコ・デムーロ騎手はまだゴール手前だというのに、「アンビリーバブル!」とばかりに何度も首を振る仕草を見せた。それ自体が、ドゥラメンテの末脚がいかに驚異的かを物語っていた。

 だが、別の見方をすれば、その末脚は"切れすぎ"たのだ。

 競馬の世界では、昔から「走る馬ほど壊れやすい」と言われる。それゆえ、あのドゥラメンテが見せた"異次元の末脚"には、感動すら覚える一方で、「壊れやしないか......」という不安もまた、つきまとった。

 競走馬の走る本能は、肉体的な限界などやすやすと超えて、あげくの果てには自らをも破壊してしまうほど凄まじいものだ。ドゥラメンテはそのような宿命を背負った、まさに"走る馬"だった。

 そして、その日はきた。先日行なわれた宝塚記念のゴール直後、ドゥラメンテは「競走能力喪失」という最悪の事態を招いて、ついに現役引退を余儀なくされた。故障発症はレースが終わってからだが、レース中に脚元にかかった極度の負荷がその故障を誘発したのは確かだろう。

 2014年の秋にデビューし、9戦5勝、2着4回。昨年の春には、皐月賞と日本ダービーの二冠を制した。ダービーでは、偉大なる父キングカメハメハと希代の"英雄"ディープインパクトが持つレースレコードを更新した。見た目の印象だけでなく、記録の面でもドゥラメンテは超一流だった。

 当然、その3歳の秋には三冠の期待がかかった。しかしそれ以上に、世界最高峰の舞台である「凱旋門賞に挑戦すべし」という声のほうが大きかった。それほどの"器"だった。

 結局、ダービーのあと、放牧先で故障が判明。三冠達成も、凱旋門賞制覇も夢と消えたが、故障が癒えた今年は、凱旋門賞挑戦を最大目標としてレースを重ねてきた。今回の宝塚記念は、いわばその壮行レースとなるはずだった。そんな矢先に、アクシデントは起こってしまった。

 母アドマイヤグルーヴ、祖母エアグルーヴという、日本が誇る"超良血"を継ぐドゥラメンテ。ただ、この一門にはひとつだけ弱点があった。

 それは、3歳春のクラシックに"弱い"ということだ。

 祖母エアグルーヴはオークスこそ勝っているが、期待された桜花賞は熱発で回避。母アドマイヤグルーヴも、桜花賞が3着、断然の1番人気に支持されたオークスでも末脚不発で7着に終わった。さらに母の妹たち、ドゥラメンテにとって叔母にあたるポルトフィーノやグルヴェイグらも、春のクラシックには縁がなかった。

 牡馬も、ドゥラメンテの叔父となるルーラーシップがダービートライアルのプリンシパルSを圧勝して注目されたが、本番のダービーでは5着に終わった。エンジンは超一流なのにシャシーが仕上がらないF1カーのように、この"超良血"一門は、3歳春の時期にはまだ、高い競走能力を支えるほどには馬体の成長が追いついていないのだ。

 しかし、この一門にとっての積年の問題も、ドゥラメンテが皐月賞とダービーを制して解消。これもまた、ドゥラメンテの隠れた功績と言える。

 それにしても、それまで際立った産駒を出せなかったアドマイヤグルーヴが、最後に送り出したのがドゥラメンテ。そして同馬が、パズルの重要な、最後のピースをはめ込むように大活躍を見せたのだから、この一門の持つ底力には感服させられる。ただただ「さすが」としか言いようがない。

 これからドゥラメンテは種牡馬として次のステージで臨むことになるが、現役時代以上にその前途は洋々だ。何より、日本屈指の超良血一門が秘める、その底知れない"力"が支えになるはずである。

 そして、父の果たせなかった凱旋門賞制覇の夢を託された産駒は、早ければ2020年、東京五輪の年にデビューすることになる。

新山藍朗●文 text by Niiyama Airo