夏競馬は開催地によって馬を使い分ける

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 一昔前はローカル競馬などといわれ、シーズンオフといった趣もあった夏競馬。数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」から、近年は秋競馬や来季へ向けての大切な時期となった夏競馬について解説する。

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 夏競馬です。かつてはダービーが終わるとトレセンでは誰が北海道へ行くのかといったことが話題になったものです。昔は交通も不便で途中でスタッフの入れ替えなどもままならず、厩舎ごとに「北海道組」と「小倉組」に分かれたりしていました。

 しかし、今はすぐに新馬戦が始まることもあって気が抜けません。夏競馬は、舞台も距離もメンバーも多彩になり、3歳未勝利戦をいかに戦い抜くかなど、それぞれの陣営の思惑がぶつかるからです。ファンにとってはPOG(ペーパー・オーナー・ゲーム)などで血統への興味を深めることもでき、競馬にじっくりと向き合える時期だと思います。

 函館、小倉、新潟、中京、福島、そして札幌。開催地によって馬の使い分けを考えます。たとえば、小倉は栗東から前日輸送になるので、体がある程度できあがった馬を使いたい。現地滞在の函館の場合は、調教場もフラットなので体の小さい、食の細い馬を連れていきたくなります。新潟は左回りで直線が長い。その特徴に合った馬を使いたい。

 開催地が広範にわたるので、輸送は重要なポイントです。もちろん函館や札幌がもっとも遠いわけですが、北海道は牧場を拠点にでき、馬の入れ替えが容易になるメリットがあります。津軽海峡を渡ってしまえばそれほど輸送のマイナスはありません。

 北海道へは陸送で青森からはフェリーに乗ります。時間がかかるものの、馬はそれほどストレスを感じないようです。馬運車からは外の風景は見えないのですが、風の匂いで北に来たことが分かる。北海道は生まれ故郷なので、「放牧だ! のんびりできるぞ」と勘違いしてリラックスモードに入ってしまう馬もいます。行き先は競馬場なんですが(笑い)。

 日本の夏は湿度が高くて厳しいものですが、馬にとっては悪いことばかりではありません。冬に硬くなりやすい馬は、汗をかいて筋肉がほぐれ、よく走ります。

 馬は人間を含めた動物の中でもっとも大量に汗をかき、大量に水を飲みます(日に30リットル以上!)。つまり水分循環に優れている。栗東の水は美味しいといわれていますが、ウチでは専用の機械を通して水素水を飲ませています。

 ゴクゴクと水を飲んで上手に汗をかける馬は熟睡できて、夏バテしません。よくパドックの様子で「発汗が心配」といわれますが、夏に汗をかかない馬はダメです。

 夏に強い弱いは性格的なものもあって、牡の大型馬は意外と神経質です。「夏負け」と言って、体温調整ができずに睾丸が腫れ上がったり、目の周囲の毛が抜けたりすることもあります。この時期には水にさらに電解質の成分を入れます。水を飲まない馬にはゼリー状にして食べさせ、輸送中に食欲が落ちる馬には静脈注射をします。

 煩雑なことが多くなる時期ですが、工夫した先には馬の成長がある。そう思うと夏の暑さは楽しみでさえあります。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後15年で中央GI勝利数23は歴代2位、現役では1位(2016年6月19日終了時点)。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、馬文化普及、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、ラキシス、サンビスタなど。

※週刊ポスト2016年7月8日号