現代は「ギャグ漫画冬の時代」。というか、あらゆる漫画にギャグの要素が散りばめられた結果、ギャグ漫画という独立したジャンルが成立しづらくなっている。
さらに業界的に言えば、雑誌の中においてギャグ漫画は名脇役として存在感を放っているが、コミックスという単体商品になりづらい、なっても売れない、アニメ化やゲーム化もしづらい……。このような事情があるため、出版社的にもあまり積極的に推さなくなった。(『聖☆おにいさん』『テルマエ・ロマエ』のようなストーリのあるギャグは別だ。いわゆる四コマ系)

アングラから主役に躍り出たギャグ漫画


そんな今から見れば信じられないが、遡ること20年前の90年代は、ギャグ漫画が刺身のツマを超え、堂々の主役を張っていた時代があった。それらは「不条理マンガ」というジャンルでくくられ、お笑い芸人やミュージシャンなど、いわゆる“尖ったセンス”層の支持も受け、時代の寵児となっていった。
漫画史的にさかのぼれば、古くは60年代のつげ義春、70年代の蛭子能収ら『ガロ』勢を中心に「不条理」「シュール」と呼ばれる作品が脚光を浴びることはあった。谷岡ヤスジら「ナンセンス」漫画も含まれたかもしれない。ただ、あくまでコアな漫画好きに支持されるアングラ的な存在だったといえよう。


だが80年代以降のブームは、一般の若者層にまで“降りて”きたものだった。おもに『ビッグコミックスピリッツ』『ヤングマガジン』『ヤングジャンプ』などメジャー青年誌を舞台に、同時多発的に「不条理漫画家」と呼ばれるような若手作家の一群がヒットを飛ばすようになったのだ。

「不条理マンガ」として主役を張った作品


「不条理マンガ」の代表的な作品は以下の通りだ。

■『ぼのぼの』いがらしみきお(86年〜現在/まんがくらぶ)
■『コージ苑』相原コージ(85〜88年/ビッグコミックスピリッツ)
■『かってにシロクマ』相原コージ(87〜89年/漫画アクション)

80年代、いがらしみきおと相原コージの二人から火が点いた「不条理マンガ」。
『ぼのぼの』はアライグマやシマリスなど、哲学的ながらもかわいらしいキャラクターの力も相まって、ブームの裾野を広げていった。現在まで30年も連載が続いているのだから、不条理マンガのパイオニアにして別格的な存在だ。


いっぽう相原は、竹熊健太郎との共著『サルでも描けるマンガ教室』でも見られるように、漫画表現の可能性を追求する、実験的な作風が業界的な支持を集めた。スピリッツ誌では「相原賞」が設けられ、ほりのぶゆき、榎本俊二ら後進のギャグ作家を輩出にも一役買った。

青年マンガ全体に波及した90年代


不条理マンガというジャンルを象徴する作品といえば、『伝染るんです。』(1989〜1994年 作者:吉田戦車)に尽きるだろう。かわうそら正体不明なキャラクターが意味不明なやりとりを繰り広げるその世界は中毒性が高く、多くの読者と無謀なフォロワーを生み出した。
単行本のデザインを祖父江慎が担当、意図的な誤植により乱丁本と思わせる装丁に仕立て、本の作りそのものから不条理さを滲み出させる、記念碑的な作品となった。


その後、各青年誌を代表する不条理漫画家の活躍もあり、ブームは定着していくが、その極致に達したといえる作品が『パパはニューギニア』(1989〜1994年 作者:高野聖ーナ)だ。
四コマというよりは“出落ち”の一発ギャグ風の作風で、一コマだったり三コマだったり五コマだったりする。単行本も1巻と2巻でサイズが違ったり、欄外に編集部の自虐的な殴り書きが描き込まれるなど、横暴・狼藉の限りを尽くした作品として、不条理マンガ史に名を残した。

「不条理であること」がそのまま受け入れられるような漫画環境ではなくなってしまった現在。バブル後の90年代という、カオスな時代だからこそ存分に咲き乱れることができた、幸せな作品たちだったのではないだろうか。
(青木ポンチ)※イメージ画像はamazonより生きるのが楽になる まいにち蛭子さん(日めくり)
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