結婚を意識していた彼女からの突然振られてしまった。その理由は、「京都の若旦那にプロポーズされたからだ」という。

勝ち組のはずだった35歳・晃二を襲った突然の悲劇。最近では、仲間たちも何故か京都の引力に惹かれている。

え、なんで京都? 若旦那って何者?

その謎を解くべく降り立った京都。ひょんなことから芸姑さんのお供をすることに。果たしてこのチャンスを記念すべき「京都初デート」にすることができるのか。


古都を知るには足を使うべし


祇園の芸姑、菊乃から届け物を一緒に運ぶよう頼まれた親友の遼。アポがあるから手伝ってあげなよと俺に話を振ってくれたんだけど、そんな予定が無いことは知っている。ヤツのキラーパスのキレの良さは、昔から変わっていない。

河原町のスパレジデンス「Bijuu」の朝は、身も心も清められる。老舗『村上重』のお漬物は、”芸姑さんとお出掛け”という京都での初ミッションに固くなりがちな心をすっかりとほぐしてくれていた。

ランニング用のスニーカーを履きながら窓の外に視線を向けると、五月晴れの見本のような空がのぞいている。朝のマラソンには最高のコンディションだ。

80カ国をバックパッカーで回ったカメラマンの友人が言っていた。「旅先の町では、できるだけ自分の足で歩いたほうがいいぞ。自分の好きなカフェやショップが自然と目に入ってくるから。」と。その意見には100%賛成だ、まずは自分の足で町を知っておないとエスコートなんて出来やしない。

お届け物をした後に何かを期待しているわけでもないんだけれど、奇跡が起きた時に対応出来るだけの準備はしておきたい。ルーティーンとなった晃二の思考プロセス、実際、こういうのが後で活きてくることが多かったのも事実なのだ。

鴨川の流れに添って走りだしたが、思いのほか暑い。五条大橋を越えてしばらく走ったところで水を買おうと河原町通りに出た。

コンビニを探しながらも、目が自然と惹きつけられたのはヴィンテージ感漂う建物。高い天井のガラス窓の中には、艶やかな光を放つモダンな円筒が並んできる。『Kaikado Cafe』というオープンしたてのカフェらしい。やはり、自身の足で町を探索することは意義がある。この発見が後の晃二の追い風になることを、今の彼はまだ知らない。




「Bijuu」の前に戻ってきてしまったが、まだ走り足りない。そうだ、哲学の道に行ってみようと、今度は四条大橋を渡って祇園の町を横切る。八坂神社の脇を抜けて坂道を登っていくと存在感を放ちまくっている木の門がそびえ立っていた。

調べてみると知恩院の三門、山門ではなく敢えて三門と書くらしい。現存する木造建築物の最大級で横幅は50m、階段の上に建っているせいか放つプレシャーは尋常ではない。階段を登ってみたら想像以上に足にきた。




境内を抜けて、哲学の道に向かう途中、昨日寄った飄亭や無鄰菴を見つけ、あれから24時間も経っていないことに驚く。濃度が濃い時間を過ごしているせいだろう、その後南禅寺、永観堂の前を通り過ぎ、哲学の道を北上していたら銀閣寺まで辿り着いた。

朝は、そこまで人がいないので自分のペースでランニングが出来る。さて、頭もスッキリしてきたし、そろそろホテルに戻るとしよう。


決戦の土曜日、いよいよはじまる


泊まっている「Bijuu」から、待ち合わせの先斗町の歌舞練場までは歩いて数分の距離。部屋にいても落ち着かないので15分前にはホテルを出て先斗町の細い路地を歩いた。夜ほどではないが、それでも風情ある通りを歩くのは気持ちが昂ぶる。日本に居ながら、異国を旅している気分すら覚えるのが不思議だ。

約束の時間前には歌舞練場に着いた晃二、ちょっと早かったかなと時計を見ていたら、視線の端に笑顔を向けてきた女性が目に入ってきた。着物姿から一転、白のワンピースにナチュラルメイクだったので一瞬気付かなかったけれど、均整の取れた顔立ちと、隠そうとしても隠せない華のある雰囲気は間違いなく菊乃さんだ。

あどけなさを残す笑顔につい見とれていたら「なんか変どすか? 東京の人ってお洒落だから心配ですう」と男心をわしづかみにしてくる。これが芸姑さんのコミュニケーション術なのか、本心なのかは知ったこっちゃない。何故なら、今の高揚感が本物だから。待ち合わせの段階でこんなドキドキしてるなんていったい何年ぶりだろう、振り返ってみたが思い出せそうにない。

「ほんと、お付き合いさせちゃってすみません」、「いや、こっちも特に予定なかったし。あ、その荷物持つよ。それにタクシーに乗る前から手伝ってあげれば良かったよね。」と自分の気の回らなさを反省する。

「それでは行きましょか」と、菊乃さんについて歌舞練場へ入っていった。会場の中は着物の人であふれていて、いかにも京都らしい。お目当ての方を見つけた菊乃さんがお礼を伝えている横で、お付きの人に荷物を渡してミッションは終了。

たいしたこともしてないくせに、なんだか京都コミュニティに入ったように錯覚していまう。観光名所を回るだけが旅じゃない、ローカルコミュニティを覗けることも旅の醍醐味のひとつなのだ。




女性にエスコートされるというのも不思議な気分だが、それが芸姑さんというのは、京都初心者のビギナーズラック以外のナニモノでもない。座ったシートは1階席の後方、会場全体を見渡せる場所だ。

一部が舞踊劇で、二部は純舞踊の二部構成なんですよとか、芸姑さんと舞妓さんが両方出るんですよとか、普段のお稽古のこととかを、超初心者向けに噛み砕いて教えてくれる。

こんな京都レッスンを受けられるなんて、昨日駅のホームに立った時には想像だにしていなかった。公演がはじまっても、ところどころで解説をさしこんでくれる。しかもそれが耳元なので、話の内容よりも、距離感が気になってしまってしょうがない。

舞台の上では大勢の芸姑さんや舞子さんが華やかな踊りを繰り広げ、真横には京都花街の最高のガイドがついている。東京での傷心のことなどすっかり忘れて、古都の魅力にとりつかれはじめた晃二、このツキはいったいどこまで続くのか。


鴨川をどりの後。ダメ元でランチに誘ってみた!


先斗町でカウンターランチ


「すごく華やかな舞台だったね、ほんといいもの見せてくれてありがとう」、歌舞練場の中では希薄だったリアリティが、外の陽射しを浴びるとがぜん力を盛り返してくる。例えは変だけど、ディズニーランドと近いものがある。もっと、世界観の中に浸っていたいけど、そういうわけにもいかないところとか。

芸姑さんとお出かけということで浮かれていた彼だったが、これまで無縁だった伝統や美に触れたことで、京都のことや芸姑さんのことを純粋に知りたいという気持ちが芽生えていた。

「ね、お腹すいてない? いい経験させてもらったんでお礼したいし、もうちょっと京都のことも聞きたいんだ」

半ばダメ元だが、戦わずして敗れるのだけは避けたい。軽く気負ってるのを隠しながら、できるだけナチュラルに誘ってみると、拍子抜けするくらいあっけなく返事がかえってきた。

「おなかすきましたよね。ちょうど、そこ曲がったところに軽く食べられるとこあるから行きましょか」。

このあとも、京都で様々な人々と知り合っていく晃二だが、この土地ならではの法則に気づいていくことになる。いわゆる一見さんお断りというアレだ。ネガティブにも聞こえるかもしれないが、逆に言うと信頼できる人からの紹介であれば、誠心誠意を尽くしてくれるというもの。

自分には京都に友人がいないからな……と諦めるのは早い。そのキッカケづくりについては、また別の機会に話をさせて欲しい。今は、2人でランチをした「志る幸」の魅力を紹介しよう。




「志る幸」は、河原町近くの狭い路地にある京料理のお店。“しるこう”という音のとおり、汁ものがいただける。こじんまりした店内は20席くらいで、隣との距離はかなり近い。最初のデートは対面に座るのは避けたほうがいいなんて言うと、若いころに読んだデート本みたいだが、慣れてない2人なら横に座ったほうが、やはりリラックスして話ができるというもの。

汁物がウリというだけあって、壁に並んでいる木札の具材を選ぶことができるのだが、心が思わずほっこりする美味しさ。人気メニューのお弁当に並ぶおかずも、派手さはないがじんわりと心に沁みてくる味だ。




「晃二さんって、ほんと美味しそうに食べるんですね」。

見た目がチャラそうだから、最初はちょっと困ったなと思ってたけど、京都のこと凄く興味持ってくれてるみたいだし、自然体で話せる人なのね。と菊乃の方も、いつしか晃二との時間を楽しみはじめていた。

少しづつ動き始めた京都クエスト。
晃二に次のチャンスは訪れるのか。

次回予告(6月9日公開予定)
朝RUNがまさかの展開を呼び寄せる?
いよいよ若旦那という未知との遭遇へ。

【これまでの京都クエスト】
vol.1:東京で成功を掴んだはずの35歳男が敗れた理由
vol.2:京女がもてなす、心技体の湯豆腐に癒やされた
vol.3:部屋の中心に巨大なバスタブ!魅惑の贅沢空間と、極上の漬物の関係性とは?