天皇賞制覇した愛馬キタサンブラックのオーナー・北島三郎氏

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昨年の菊花賞馬、キタサンブラックが、春の天皇賞でも激走! その差、わずか約4cmーー武豊に導かれ、栄光のゴールへと飛び込んだ。

そのレースの2日前に発表された旭日小綬章の受章に続き、栄誉ある天皇盾を下賜されたオーナーの北島三郎が競馬愛を語り尽くした60分。「あいつは俺に似て男っぷりがいいからさ」と鼻の穴を広げてみせるところは、なるほど、愛馬キタサンブラックとうりふたつだった。

* * *

―天皇賞制覇、おめでとうございます!

北島 1頭、後ろから来ていた馬がいたでしょ。「追い越すなよ、追い越すなよ」って祈りながら見ていたよ。

―写真判定の末、最後はわずか約4cm差での勝利でした。

北島 結果が出るまでドキドキしていたけど、パドックで馬を見た時から、今日はいけそうだなという予感みたいなものがあったからね。

―そう…なんですか?

北島 他の馬主さんには悪いんだけど、どう見ても、俺の馬が一番良く見えて。いや、ほんとに(笑)。昨年暮れに出走した有馬記念(3着)の時は、歩き方がちょっとちゃちゃかしていたのに、今回は実に堂々としていて。レースだから、いろんな運否天賦(うんぷてんぷ)があるし。勝負のアヤもあると思うけど、それでも、3日前より2日前、2日前より今日、今この瞬間、調子のいい馬が勝つんだとしたら、俺の馬が勝っちゃうんじゃないかと。

―北島さんの目には、それほど良く見えたんですね。

北島 賢い馬っていうのはレースのある日がわかっていて、自分で体をつくっていくというけど、ほんと、そんな感じで。清水久詞調教師も驚いてたくらいだったから。

―その予感通りの見事な勝利で。しかもレースの2日前には旭日小綬章も受章され、しばらくおいしいお酒が飲めそうですね。

北島 ごめん。俺、お酒は飲まないんだよ(笑)。たばこもやめたし、今は、歌以外では大好きな競馬一本だね。

―えーっ!? そうなんですか?

北島 でもさ、その歌と競馬で天皇陛下から勲章と盾をいただけたんだから、びっくりとうれしさと感謝でいっぱいですよ。もう80歳になるけど、北島三郎の人生の1ページに大きな足跡が残ったよ。

―今年は、デビュー55周年ということで、7人の歌い手とそれぞれリリースした『サブちゃんとデュエットシリーズ』も、北島さんならではの企画ですよね。

北島 ありがたいことに、皆の助けがあったからこそだけど、でかい足跡がぽんぽんぽんと3つ続いた感じだよ。

―そのひとつ、馬主生活53年目にして出会ったキタサンブラックですが、北島さんに似ているという噂が…。

北島 ははははっ。それ、俺が言ったんだよ。鼻の穴の大きいところとか、心臓が強いところとかね。男っぷりがいいところもそっくりだ。

―自分の馬がレースを走るというのはどういった気持ちなんですか?

北島 馬主というのは、どんなレースでもまず無事に帰ってきてほしいというのがあるよ。これはどの馬主さんも一緒。すべてかわいいわが子なんですよ。勝てばうれしいのは当たり前だけど、出来の悪い子もまたかわいくて…。

―お子さんなんですね。

北島 ビリになった馬には、「どーすんだよ、おまえ。俺も恥ずかしいよ」って、文句のひとつも言いたくなるんだけど、会いに行くと、「すみません」って顔でこっちを見てるんだよな。その顔見るとさ、怒るどころか、「よく頑張ったな」って、なでてあげたくなっちゃって。馬券を買ってくれたファンの人には申し訳ないけど、やっぱり…かわいいんだよな(苦笑)。

―とはいえ、キタサンブラックが今回勝ったのは、最高の格付けであるG気涼罎任癲長い歴史と伝統を持つ天皇賞です。

北島 あそこに自分の馬が出ていること自体、それまでの俺にとっては夢のまた夢で。馬主になって53年だからね。馬を持って、馬とずーっと一緒に歩き続けて、たくさんの人にお世話になってーー馬にも、人にも、今回、乗ってくれた武さんにも感謝だよ。

◆この続きは『週刊プレイボーイ23号』(5月23日発売)「日本ダービー直前スペシャル企画 馬主 北島三郎インタビュー」にてお読みいただけます! 日本ダービーへの特別な思いとは…。

●北島三郎(Kitajima Saburo) 1936年10月4日生まれ、北海道出身。演歌ひとすじ五十余年。女シリーズ、仁侠シリーズ、一文字シリーズをはじめ、ヒット曲多数。長年にわたる座長公演やテレビ時代劇などに出演し役者としても高い評価を受ける。海外公演も多く、文化人としても国際交流に貢献、4月29日には春の叙勲で旭日小綬章を受章

(取材・文/工藤 晋 撮影/松木宏祐)