特集:「最強世代」の日本ダービー(2)
蛯名正義騎手インタビュー(後編)

競馬界最高峰の舞台となる日本ダービー(5月29日/東京・芝2400m)がまもなく行なわれる。今年は「史上まれに見るハイレベルな争い」と言われ、その注目度は一段と増している。その一戦でクラシック二冠を狙うのが、皐月賞(4月17日/中山・芝2000m)を制したディーマジェスティ。そして、鞍上の蛯名正義騎手にとっては、初のダービー制覇がかかっている。はたして、蛯名騎手はどんな思いで大一番に挑むのか、率直な心境を語ってもらった――。

―― いよいよ日本ダービーを迎えます。前編のインタビューで、蛯名騎手が主戦を務めるディーマジェスティは、「東京の適性が高く、皐月賞よりもダービー向き」というお話でした。ということは、ダービーのほうが皐月賞よりも勝つチャンスが大きい、と考えてよろしいでしょうか。

「(東京コースの)適性だけじゃなく、現実に一冠目の皐月賞を勝っているわけですからね、当然(ダービーでも勝つ)チャンスはあると思いますよ。でも、今度は他の馬も巻き返してくるし、僕の馬よりも『東京は走る』という馬がいるかもしれない。少なくとも、楽な戦いにはならないでしょうね」

―― 皐月賞では、2着のマカヒキに1馬身4分の1差をつけて快勝。この差を、決定的な差とまでは言いませんが、相当な力の差を示していると思います。しかも、ディーマジェスティのほうが先に仕掛けて前の馬を負かしにいっている分、道中後方でずっと脚をためていたマカヒキよりも厳しい競馬だったはず。それでいて、ディーマジェスティのほうが最後の脚には余裕が感じられました。加えて、あの着差です。そう考えると、ディーマジェスティは巷で評価されている以上に強いのではないか、と思うのですが。

「皐月賞では、(人気の)リオンディーズが先手を切ったことで、前に行った組にとってはきつい競馬になったのは確か。逆にもし、みんなが想定していたような普通の流れになっていたとして、それでも(ディーマジェスティは)同じような競馬ができていたか、と聞かれたら『わからない』というのが正直なところ。(皐月賞は)単にハマッただけかもしれないし、たとえ平均ペースだったとしても勝っていたかもしれない。つまり、ディーマジェスティが(世間が思っている以上に)本当に強いかどうかわかるのは、ダービーで、ということになると思う」

―― ダービーでライバルとなるのは、やはりマカヒキ、サトノダイヤモンド、リオンディーズの「3強」となりますか。

「皐月賞の結果を受けて、『3強は本当に強いのか?』と(その強さを)疑問視する声もあるようだけど、現実に2〜4着までは『3強』が占めた(リオンディーズは4着入線も5着に降着)。前に行った馬は、あれだけきつい競馬をしても大きく崩れていないし、あそこまで踏ん張れるのは、やっぱり強い証拠。

 ただし、青葉賞を勝ったヴァンキッシュランとか、他にも強い馬はいる。そういう意味では、皐月賞は『3強』と言われたけど、ダービーは『○強』とかではなくて、『混戦』だと思う。だから、ライバルはどれか、と決めつけて騎乗することはないですね。それよりも大事なのは、いかに(騎乗馬の)能力を出し切るか、ということ。それがきちんとできた馬が、それだけ勝つチャンスも多くなるんじゃないかな」

―― ところで、蛯名騎手は誰もが認めるトップジョッキーです。3歳クラシックも、牝馬の桜花賞、オークス、牡馬の皐月賞、菊花賞とタイトルを手にしています。しかし、何度か惜しいレースはあるものの、ダービーだけは勝てていません。特に印象に残っているのは、2012年。フェノーメノに騎乗して、わずか23cmの差で敗れたときでした。そしてあのとき、蛯名騎手が語った「完璧に乗ったからって(ダービーは)勝てるわけじゃない」という言葉は、今でも鮮明に覚えています。当時の心境を振り返っていただけますか。

「着差がね、それだけしかなかったですからね。それで、『何とかならなかったのかなぁ......』という気持ちと、『俺は決して下手には乗ってないんだけどなぁ......』という思いが自分の中にずっとあって、そうした感情がそのまま"あの言葉"になって出てしまいましたね。ダービーを勝つ、というのはそれぐらい難しい、厳しいということですよ。もちろん、うまく乗ることも、完璧に乗ることも大事なことで、そこにいろいろな条件が噛み合うことも重要な要素。だけど、ダービーはそれでもなお勝てない。では、他にあと、何が必要なのか......」

――"運"ですか。

「ひと言でまとめてしまえば、その言葉になるんだろうけど、その"運"というひと言の中にも、そこには奥深いものがあるよね。すぐにも手に入りそうで、なかなか手に入らない――そういう奥深さが。でも、それこそが『ダービー』というレースの重みなんじゃないかっていう気がする」

―― フェノーメノの他にも、一昨年のイスラボニータ(2着)、2004年のハイアーゲーム(3着)と、ダービー制覇まであと一歩、という経験が何度もあります。蛯名騎手にとって、最も印象に残っているのは、どの馬で挑んだダービーですか。

「ハイアーゲームのときだね。初めて勝利を意識してダービーに乗った、という意味で忘れられない。『2着じゃあ、名前は残らない』『ダービーは勝たなきゃダメだ』という思いで、(1番人気の)キングカメハメハに真っ向勝負を挑んで、潰す気で向かっていったけど、逆にこっちがバテてしまった(笑)。でも、あのとき勝負を挑んだことで、『ダービー馬というのは、これだけ強い馬のことなんだ』というのを実感できた。あれは、(自分にとって)本当に意味のあるレースだったね」

―― 今年のダービーは、過去の惜しかったときと同様か、それ以上にチャンスがありそうな状況です。どんな覚悟で臨むのでしょうか。

「『勝ちたい、勝ちたい』と思えば思うほど、勝ちは逃げるものだからね。そういう気持ちを越えて、自然体で臨みたい。それと、これまでと変わらない気持ちで馬を信じて乗ること。どれだけ自分が馬を信用し切れるか、というところも、ダービーでは問われるような気がする」

―― 最後に、悲願のダービー制覇を果たしたら、どうなるのでしょうか。もしかして、泣いたりするのでしょうか。

「いや、泣きもしないし、何もしない。もう1回勝ちたい、そう思うだけだよ(笑)」

―― ありがとうございました。ご健闘を祈っています。

蛯名正義(えびな・まさよし)
1969年3月19日生まれ。北海道出身。関東所属のトップジョッキー。5月23日現在、全国リーディング8位(34勝)。JRA通算2425勝、重賞123勝(うちGI25勝)

新山藍朗●文 text by Niiyama Airo