数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」。かつては、3歳時にクラシックを戦ってきた馬をこの時期に仕上げて京都、春の天皇賞に臨んだものだ。しかし、近年、角居厩舎では天皇賞参戦を回避するケースが増えている。その理由について角居氏が語った。

 * * *
 天皇賞(春)を角居厩舎は一度も勝っていません。菊花賞を勝った馬が勇躍するイメージがありますが2004年のデルタブルースは菊花賞に続けてJC(3着)、有馬記念(5着)と使ったこともあり、翌年春は全休。その後は3回(2006年、2007年、2009年)このレースを使いましたが、もうひとつの結果でした。

 一方、2013年の菊花賞馬エピファネイアは出走しなかった。3000メートルでもどうかというくらいで、折り合いが難しいと判断しました。自信に翳りのあるレースに出馬することには、どうしても抵抗がある。同じ意味合いで、ヴィクトワールピサもルーラーシップも使っていません。

 種馬にしたい馬にとって、天皇賞を使う意味があるのか、という問題もありました。馬を預かる以上、適性を伸ばして活躍させ、生産界に返す。角居厩舎ではそれだけではなく、価値のある形で返したい。この理念にブレはありません。それを突き詰めると、どの馬にどのレースを走らせるかが見えてきます。やはりスタミナよりもスピード重視が時代の流れです。ドバイの方がより魅力的なのは仕方のないところでしょう。

 天皇賞(春)は長距離レースなのに高速馬場の京都で、名物の“淀の坂”を二度上り下りする。メンバーも多彩で思いきった戦術をとる馬がいて、力勝負に持ち込めないときもある。フロックで負けて、馬が疲弊して傷つく危険性もある。その結果として種牡馬価値が下がることがある。それは避けたいところなのです。

 しかし、そのおかげで多様性が出てきました。クラシックでは活躍できなくても、長距離適性がありそうな馬を使えるようになったように思います。天皇賞(春)が初の重賞勝ちなんていう馬も出ています。みんなに愛される馬をつくろうという考え方が許されれば活躍の場も広がる。

 デルタブルースは種馬にはなれなかったものの、いまはノーザンホースパークで乗馬馬になって訪れる人に可愛がられています。熱い声援や厳しい叱咤はなく、優しい言葉ばかりをかけられますから、馬体も目の色もピカピカと輝いています。こういう人生(馬生)もあるのです。

 とはいえ、他人事として(笑い)今年の天皇賞は面白い。昨年の菊花賞を勝ったキタサンブラックに注目しています。

 スプリンターだったサクラバクシンオーの血を持つ馬が3200メートルを勝ったら素晴らしい。それこそ種牡馬としての価値が出てきます。バクシンオー産駒はスピード豊かなだけではなく、ジャンプして長距離を走れるスタミナがあるので、時計が遅くても、障害馬として大成することがある。競走馬引退後は、乗馬界での評判もいい。動きがしなやかで身体が柔らかいのです。

 サクラバクシンオーの血統が3200メートルを走る……これも新しい天皇賞(春)の多様性です。

◆すみい・かつひこ:1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後14年で中央GI勝利数23は歴代2位、現役では1位。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。競馬の他、引退馬のセカンドキャリア支援、馬文化普及、障害者競馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、ラキシス、サンビスタなど。

※週刊ポスト2016年5月6・13日号