引退競走馬に生きがいを感じてもらうプロジェクト(同HPより)

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 数々の名馬を世に送り出した調教師・角居勝彦氏による週刊ポストでの連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」。GIレースがない今週は、レースから離れてサラブレッドの人生(馬生?)についての提言に耳を傾ける。

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 2歳から3歳、そして古馬へ。競走馬として、いわば上り坂の部分だけが注目されます。しかし人間の一生と同様、馬も必ず下り坂を迎えます。充実した余生を過ごさせてやりたい。セカンドキャリアを創出したい。育ての親としての思いです。

 重賞をいくつも勝ったような馬は種牡馬になれることがありますが、年間数頭にすぎません。牝馬もすべてが牧場に戻って母になれるというわけではない。

 登録抹消後の道として「乗馬」と発表されていても、実態は明らかになっておらず、引退後の環境をサポートするしくみがないのが実情です。引退した競走馬にも「生きがい」を感じてもらうことはできないのか。

 馬は人と接して進化してきた動物で、人の役に立つことが幸せと感じます。馬を介して、いろいろな人に集まってもらいたい。そういう理念でプロジェクトを立ち上げました(サンクスホースプロジェクト http://www.thankshorseproject.com/)。

 まずは乗馬。競走馬の育成は速く走るためのものだから、乗馬馬に変身するのはたいへんなことです。でも優秀な馬は、人間の言うことをよく聞く。角居厩舎にいたエアウルフは新馬から2連勝、通算40戦6勝2着12回3着9回という素晴らしい戦績でしたが、種牡馬にはなれませんでした。

 そのほか重賞を勝ったエアハリファや障害で活躍したグラッツィアなどが、このプロジェクトのもと、乗馬クラブで再調教を行なっています。競走馬としてもう一歩だった馬でも、乗馬馬としての適性はあるかもしれない。

 競走馬が乗馬馬になっていくそういうプロセスに、ファンも寄り添ってもらいたい。クラブ会員のように、乗馬クラブで頑張ろうとしている馬たちの預託料をシェアしてもらえないだろうか、ということです。あまり接点がなかった競馬界と乗馬界の懸け橋となる。出資者はかつて競馬場で応援していた馬ともっと身近にふれ合うことができるようになり、乗ることもできるようになる。

 ホースセラピー業界や養老活動団体との連携も図ります。

 障害を持っている人や高齢者が馬と接することで元気になる。馬は人間の気持ちの変化が分かるので、人が喜べば馬も幸せになります。心が通い合うんですね。うつ病や引きこもりなどで悩んでいる人も馬と触れ合うことはとてもいい。競走馬は少しの動きにも敏感に反応するから、コミュニケーションを取りにくい人には癒しになります。

「馬に乗れば唄心」ということわざもあるくらいで、心が豊かになります。刑務所でのメンタル面のリハビリにも、馬が一役買うことがあるようです。

 このプロジェクトは今年3月に発足し、武豊、福永祐一といった現役騎手からも賛同を得て、徐々に広がりを見せています。競馬ファンの皆様の応援をお待ちしています。

■すみい・かつひこ:1964年石川県生まれ。中尾謙太郎厩舎、松田国英厩舎の調教助手を経て2000年に調教師免許取得。2001年に開業、以後14年で中央GI勝利数23は歴代2位、現役では1位。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。競馬の他、引退馬のセカンドキャリア支援、馬文化普及、障害者競馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカ、エピファネイア、ラキシス、サンビスタなど。

※週刊ポスト2016年4月29日号