『正論』2001年9月号のP203より
 日本会議やその周辺が開催するイベントの参加者は高齢者が多い。先日お伝えした「改憲一万人集会」でも会場には白髪が目立った。参加者の平均年齢は60代後半から70代前半といったところだろう。勉強会、決起集会、訴訟報告会などなど、これまで彼らが行う多種多様なイベントを観察してきたが、どの場所でもこの傾向は変わらない。

 だが、スタッフは若い。

 中にはどう見ても大学生にしか見えない若い男女もいる。彼らは30代から40代と思しき管理者たちから指示を受け、さまざまな任務をこなしている。着慣れないスーツを着て黙々と作業をこなす彼らの姿は、「学生による社会運動」というよりも「インターン生」や「社会人体験」という言葉で言い表す方が、実態に近い。

 人数も相当数いる。先だっての「改憲一万人集会」ではどのゲートでも、7〜8人前後が受付や誘導にあたっていた。ゲートの数が5つだから、受付担当だけで40人近い人員を用意していることになる。さらに、会場内外の警備やゲスト誘導などで同程度の人員がいた。スタッフの総数はざっと見積もって100人前後だろう。

 そのうちの一人を捕まえて、「やっぱり君たちは椛島さんとこの日本青年協議会の人たちなの?」と聞いてみた。目を合わせてくれない。「あなたの来歴を聞いているんじゃない。所属を聞いているだけだ。所属ぐらい名乗れるでしょう」と問い詰めると、うつむいたまま、「……はい、そうです」と答えてくれた。顔を覗き込むと泣きそうな顔をしている。どうやら他言せぬように言い含められているのかもしれない。

 やはり彼らは、日本青年協議会に属しているようだ。

 連載12回でもお伝えしたように、日本会議の本部は日本青年協議会と同じビルの同じフロアに入居している。また、日本青年協議会の会長である椛島有三氏は、日本会議の事務総長だ。これらの事実に立脚してこの連載では、「日本青年協議会こそが日本会議のコアであり推進母体である」と指摘してきたが、スタッフも日本青年協議会から出ているとなると、「運動体としての日本会議は日本青年協議会が取り仕切っている」と言い切っても良いだろう。

 だが、日本青年協議会こそが日本会議の運動を取り仕切っているとはいえ、どのようにして彼らが学生スタッフを集めているのかは不明だ。

 日本会議の機関誌『日本の息吹』にしても日本青年協議会の機関誌『祖国と青年』にしても、若者が読むような雑誌ではない。一般の書店で販売されているわけでもないので、そもそも学生が手にする機会がない。

 日本青年協議会は、「反憲学連」と「全日本学生文化会議」という学生組織を持っている。前者は日本刀や鉄パイプで武装し左翼学生運動を襲撃する武闘派路線、後者は読書会や勉強会を行う文教路線という棲み分け。このうち、武闘派路線の「反憲学連」は90年代以降その活動が確認されていない。片方の「全日本学生文化会議」は今も国学院大学などで活動を続けているようだが、それほど活発ではない。(※)

 また、日本青年協議会の濫觴が「生長の家政治運動」にあるとはいえ、もはや彼らは現在の「生長の家」教団とは一切の関係を持たぬため、宗教団体から若年層を動員することもできない。

 あらゆる方向から考えて、一般の学生が、日本会議や日本青年協議会の活動と接点を持つ機会は想定し難いのだ。

 だが、現実に、若い人は多数いる。果たして日本青年協議会はどうやって学生たちをオルグするのだろうか?

◆きっかけは、小林よしのり

「日本青年協議会とか全然、知らんかったんですよ」

 取材打診から半年あまり、ようやく会うことのできた人物は、開口一番、そう告げた。