「嫌」(大佑と黒の隠者達 )/亡国の騎士団

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2000年代のヴィジュアル系シーンを象徴した3つのバンドがある。現在でも活発な動きを見せるバンド「MUCC(ムック)」、「MERRY(メリー)」、そして2007年に解散した「蜉蝣(かげろう)」だ。“ヴィジュアル系御三家”と呼ばれたかれらは、90年代末から2000年代のシーンを独自の世界観で牽引してきた。3バンドのボーカルが特に深い交友関係にあったことはよく知られており、それが“御三家”と呼ばれるゆえんでもあった。

キラキラとしたポップなバンドが増加傾向にあった2000年代初頭のV系シーンにおいて、“御三家”は、哀愁、ダークさ、儚さ、エログロといった独自の路線を貫き、若手のバンドに多大な影響を与えていた。衣装、メイクだけでなく、無論その音楽性もアクが強く個性的。バンドの顔であるボーカル3人は、近づきがたい印象を与えながらも、同時に人間味や泥臭さが魅力的だった。

しかし、2010年。蜉蝣の“カリスマボーカル”大佑が、突如この世を去る。2010年8月16日に東京・ZEPP TOKYOで開催された「大佑お別れの会」には、多くのファンやバンドマンが駆けつけ故人を悼んだ。ヴィジュアル系シーン全体を深い哀しみに包んだこの出来事は、2000年代の同シーンに一つの終幕をもたらした出来事と言ってもいいだろう。今回は、そんな「蜉蝣」について振り返ってみたい。

カリスマボーカル大佑を抱えた「蜉蝣」


1999年9月、まさに世紀末に結成された「蜉蝣」。以前は「Fatima」のドラムを務めていた大佑が、「DIR EN GREY」京(Vo.)の助言を受けてボーカルに転身、「蜉蝣」の結成に至った。ユアナ(Gt.)、kazu(Ba.)、静海(Dr.)の4人編成。メンバーそれぞれが作曲を行うが、歌詞はほぼ全て大佑が担当した。

2000年4月に限定発売された「biological slicer」にはじまり、『発狂逆立ちオナニスト』(2001年)、『色メガネとスキャンダル』(2002年)、『絶叫サイコパス』(2004)など、タイトルからすでに独自の“エログロ”路線をひた走ってきたことが窺える。ファンに卑猥なセリフを叫ばせる楽曲も、ライブの定番だった。

しかし、激しいヘドバンや逆ダイが起こり、大佑のシャウトが炸裂する煽り曲だけでなく、「蜉蝣」は、その美しく哀愁漂う歌謡曲調のラブソングにも定評があった。とくに愛する人との“離別”をテーマとした歌が多く、その歌詞に共感した若者も多かったことだろう。こうした両義性が、蜉蝣の最大の魅力だったといえる。

独特の世界観とライブで「カリスマ」に


また、ヴィジュアル系ファンが“蜉蝣”と聞いて最初に思い起こすのは、PVや衣装、メイク、歌詞だけでなく、なによりボーカル大佑の特異なライブパフォーマンスだろう。“異様”とも言える激しい動き、客席への頻繁なダイブ、自慰行為を模した性的なパフォーマンス、常に酩酊状態のような危うさ。

それに反して、「〜しなさい」「〜ですか?」と敬語でオーディエンスに語りかけるという“違和感”。これらが渾然一体となり「カリスマボーカル」は、たんなる自称の域を超え、真の「カリスマ」となった。

また、ほぼ声を発することなく、独特の動きと妖艶な表情、変態的なギタープレイで上手(かみて)を魅了したユアナ(Gt.)、そしてしっかりと地に足がついたベースのkazuと、蜉蝣らしいリズムを刻んだドラムの静海。

ファンが安易に近づくことを拒絶しつつも、しかしファンの存在に大きく依存したかれらのパフォーマンスは、“近すぎず遠すぎず”を望む客層の心を掴んで離さなかった。最後の最後まで、大佑がファンの波に飛び込むのが印象的な、ライブハウスがよく似合うバンドだったように思う。

大佑の逝去と、偉大な影響力


シーンを駆け抜けてきた蜉蝣だったが、惜しまれつつも2007年に解散を発表。足繁くライブに通っていたファンの一人としては、バンドが徐々に苦悩していく過程が痛いほど伝わってきたものだ。解散を予感しているファンもいたことだろう。しかし、全盛期とは色合いが変わってはいたものの、最後にリリースされた楽曲はやはり美しいものだった。

その後、大佑は2007年に元「deadman」のaie、yukino、そして元「kein」の響らと、「the studs」を結成、そして同バンドも2009年に活動を休止する。2010年には「大佑と黒の隠者達」名義でソロ活動を開始し、同年9月にはミニアルバムのリリースも予定されていた。

大佑の急逝は、そんな矢先の出来事だった。訃報に際して多くのバンドマンから追悼の声が寄せられた。大佑追悼号と銘打たれた雑誌『Cure』(2010年11月号)には、蜉蝣のメンバーほか、「the studs」のaie、「MUCC」の逹瑯、「MERRY」のガラ、「シド」の明希、「kannivalism」の圭、「D’spairs Ray」のHIZUMI、「girugamesh(元ギルガメッシュ)」の愁らが、かれへの想いを寄せた。さらに、「12012」の宮脇渉、「DOG in The PWO」の春など、ブログで大佑への熱い想いを綴ったバンドマンも多い。

かつてのローディが羽ばたいている現在のバンドシーン


「蜉蝣」というバンド名は、大佑が幼少期から患っていた心臓疾患からくる“儚さ”を象徴して付けられたという。歌詞にも、常にそんな儚さが表現されていたように感じる。

「kannivalism」の圭、「SCREW」の鋲、「girugamesh」の愁、「Sel’m」の椿など、現在さまざまな方向で音楽シーンを支えている彼らは、みな蜉蝣のローディー出身だ。約7年間という、ファンにとってはあまりに短い活動期間。しかし、その間に蜉蝣がシーンに刻んだ爪痕はあまりにも深く激しいものだったのではないだろうか。
(野中すふれ)