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華やかな着物姿の女性たちが、師走の歌舞伎座・木挽町広場を行きかう。この日12月2日、歌舞伎座では『十二月大歌舞伎』の初日を迎えた。開演より1時間前の午前10時に楽屋に入ったのは、香川照之(50)。黒いスーツに真っ白なワイシャツ、黒縁メガネといったビジネスマンスタイルで、1人で車を運転してきた。

「市川中車(香川)は、坂東玉三郎から勧められ、今回初めて女形に挑戦しました。また同じく夜の部には、彼の長男である市川團子(11)が丁稚役で登場し、場内は拍手と掛け声で湧きました」(歌舞伎座関係者)

‘12年6月、市川中車・團子の襲名披露公演が行われたから、すでに3年半。12月7日に50歳の誕生日を迎えた香川だが、最近、新居に引っ越していた。都心の高級マンションで、目の前には美しい公園もあり、静かな環境だ。

「広さは約140平方メートルで、香川さんの部屋の家賃は80万円くらいです」(付近の不動産業者)

実は、この転居は2つの家族問題で悩む香川が“心機一転”を期したものだったという。家族問題の1つは、父・市川猿翁(75)との親子関係だ。香川の以前の住居は、代官山のマンションで、約230平方メートルと、新居の1.5倍以上あった。澤瀉屋(おもだかや)関係者は言う。

「父・猿翁と同居し、教えを乞うために借りたマンションです。46歳で歌舞伎デビューを果たした中車には強い危機感があり、ことあるごとに猿翁にアドバイスを求めました。しかしパーキンソン症候群を患っている猿翁は、体を思うように動かせず、考えを言葉で上手く伝えるのも難しい状態。ストレスがたまってしまった猿翁は、同居していたマンションから飛び出し、中車宅付近のマンションで生活することになりました」

もう1つの問題が、妻・知子夫人(45)との関係だ。澤瀉屋関係者が続ける。

「中車と團子がデビューした当初は、毎日のように楽屋とロビーを走り回っていた知子さんですが、昨年の夏ごろから、劇場に姿を現さなくなっていました。原因は、彼女自身が先輩梨園妻たちから、陰口を叩かれていたこと、それに愛息・團子が歌舞伎界の大物から“駄馬”と酷評されたことで、知子さんは強いショックを受けたそうです」

香川は環境を変えることで妻の気持ちも切り替わるのではと期待していたというが、十二月大歌舞伎の初日にもその姿はなかった。いまだに“梨園妻拒否”は続いているようだ。

ドラマに映画に歌舞伎にと絶好調の香川だが、家族反乱の悩みから解放される日は――。