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アップルは9日、App Store(アプリ)、iTunes Store(映画、音楽、Podcast)、iBooks(ブック、マンガ)、Podcastの「Best of 2015 今年のベスト」を発表した。その中で、App Storeアプリのベストゲームに選出された「Brain Dots」は、ひときわ注目を集めるものとなった。強豪ひしめくジャンルにおいて、スタートアップのデベロッパーが栄誉に浴することとなった理由は何か、開発を手がけたトランスリミットの代表取締役社長である高場大樹氏に話を伺った。

「Brain Dots」は、画面をなぞって線や図形を描き、赤と青の2つのボールをぶつけて遊ぶと「描く脳トレ」ゲームだ。どのようにボールを移動させ2つのボールをぶつけるか、ユーザーの分析力や発想力がステージをクリアするための鍵となる。ステージ数は300以上、プレイに使用できるペンは25種類以上が用意されている。ステージの難易度は徐々に上がっていき、特性の異なるペンを使用してステージを進めていく。

リリース後、わずか10日間で100万ダウンロードを達成し、1カ月後には1,000万ダウンロードを突破した。海外での人気が非常に高く、そのユーザー率は実に95%を超える。前作の「BrainWars」も海外で火がつき、中国のApp Storeでは「Best of 2014」に選ばれている。現在、最も勢いのあるデベロッパーであると言って過言ではないだろう。まずは、今回の選出について感想を伺ってみた。

高場 「昨年末に僕たちの最初のタイトル『BrainWars』が中国のApp Storeで『Best of』に選ばれたんですよ。それで、今年、『Brain Dots』はどうかなって期待してました(笑)。連絡頂いた時は、純粋に嬉しい、と思いましたね。狙っていけそうだなってのと、でもハードル高いよなってのと拮抗する心持ちだったので、本当に嬉しいです。海外でウケがいいっていうのは、一般のユーザーからの支持はもちろんですが、アプリのことに詳しい方やデザインを気にしてる方々からの反響が大きかったですね。シンプルなので、大人でも子供でも遊べますし、誰でも楽しめるっていうフィードバックも大きいです。それが、日本だけでなく、世界に広がっているという感触です」

--トランスリミットの設立以前は、サイバーエージェントでソーシャルゲームなどの開発に携わっていたという高場氏。なるほど、ソーシャル的な要素も見られるが、それだけにとどまらない。アプリの開発に際して、アイディアの源泉となっているのはどのようなことなのだろう。

高場 「『BrainWars』はソーシャル要素が強くて、対戦型という体の構造になってました。ただ、それだと、勝ったほうは嬉しい、負けたほうはそうでないって構図ができてしまいます。勝てるというスキルがある人は10人にひとりくらいなんですね。つまり、10人にひとりだけが嬉しくて、他の人は嬉しくない。それよりは、全世界、全世代の人が楽しんでもらえるアプリのほうがいいじゃないかってことで、『Brain Dots』が生まれたんです。ひとりゲームがベースになってはいるのですが、それでも解き方は無限大にあるので、ユーザーの個性が出やすい作りになっていると思います」

--人気に火がつくタイミングもとても早かった、これには何か秘策と言えるような仕掛けがあったのだろうか。

高場 「『BrainWars』のデベロッパーの新作だからというのはひとつあったと思います。待ち望んでいてくれいるファンが大勢いたってことだったのかなと。実は、プロモーション用にはお金かけてないんです。広告予算はありませんでした。後押ししてくれたのは、App Storeでフィーチュアされたことだと考えてます。これももちろん、お金を渡してということではありませんので、iTunesのほうが僕らのアプリを高く評価してくれたということなのですが」

--海外で大きな成功を収めたことについてはどうだろうか?

高場 「日本国内のユーザーは全体の5%なんですが、日本の企業として国内のユーザーがこれだけってのは少なく感じることもあります。ただ、ワールドワイドに見た時の割合ってこんなものなんじゃないかなとも思います。僕らは世界に向けて展開してるので、そういう意味では悪くない数字ですね。むしろ十分な仕上がりではないかと。海外で評価が高い理由ですが、ひとつは、言語に依存しないところですね、説明もいらない。もうひとつは、ルールのシンプルさです。ただ、ボールをぶつけるだけ。最後はデザインです、色合いの感じとかがウケているのかなあと。最初の言語に依存しないというのが、世界のマーケットに乗せる上で最も重要で、そこを意識して僕らは開発に取り組んでいます」

--削ぎ落としたことで、わかりやすくなったということなのだろう。本当に世界の誰でも理解でき、楽しめる構造になっているのが特徴だ。続いて、iOS向けの開発で、チャレンジとなったこと、メリットとなることを聞いてみると。

高場 「端末のクオリティの高さ、開発のしやすさ、という点ではiOSのほうがAndroidよりアドバンテージあると思います。『Brain Dots』では物理演算を使っているので、端末のパフォーマンスがどの程度なのかっていうのが一番難しいところだったんですね。画面をなぞった時に綺麗な線になるか、ボールが落ちた時、スムーズな動きになるかといったことなんですが、プレイヤーがどんな線や図形を描くかは分からなんです。それらを全部計算しなければならないので、端末のパフォーマンスをどこまで活かせるかというのがエンジニアリングで一番重要な課題でした。それと動画をリプレイする機能というのを入れてあるのですが、リリースした当時は、そういった機能を搭載しているゲームは少なく、リプレイすることの本質的な面白さをゲームとどう結びつけるかというのが挑戦的な側面だった言えますね」

--「ゲーム」ということでいうと、iOS向けだけでなく、Apple TV用のtvOS向けというプラットフォームもありうるのではないだろうか? iOSから移植されたタイトルですでに人気を集めているものがいくつもあるが。

高場 「もちろん、興味あります。Apple IDさえ持っていれば、どこでもプレイできるっていうような環境を作っていきたいと思ってますね。これまでの2作品だと、Siri Remoteで制御するのは難しいので、それに合ったものを考えています。tvOS向けに移植するというのも、最初からそれを意識していれば、簡単に行けると思いますね。他社製品ですけど『クロッシーロード』なんかは、その辺、とてもうまくやってるなというイメージです。Apple TVだと対戦モードで、複数人プレイができたり、ならではのカスタマイズが施されているのは上手いですよね、ああいうものを作っていかなきゃいけないと」

--アプリの市場はデベロッパーから見て、まだまだ活況を呈しているという状況なのだろうか。所謂「アプリバブル」は終焉を迎えたように感じられることもあるのだが。

高場 僕はiPhone 3Gを発売日に買ったんですが、当時のアプリは現在と比べるとクオリティ低かったですよね。今は、求められる最低限の品質が大分上がっているという認識でいます。他のアプリに勝るものを出さないといけないという状況はあると感じます。かつてはライトな感覚で、アイディアひとつで当たっちゃったみたいなことがあったのですが、最近はそういうケースはあまりないでしょうね。かつてのアプリ長者が出にくいレベル感になっています。

--とはいえ、アプリの開発で重要なのはアイディアであることには違いない。実際、小さいスタートアップのデベロッパーが爆発的な人気を獲得することは事例としてはかなりある。失礼を承知でいうと、トランスリミットもまさに、そのシンデレラストーリーに乗った企業である。豊富な資金力で人員を投入し、広告にも予算をつぎ込んでということをしなくてもチャンスが巡ってくるのがiTunes Storeでのアプリ販売なのだ。そういう意味では、皆にチャンスが平等に与えられている環境なのである。

その一方で、毎年OSがアップデートされるという状況についてはどうなのだろうか。人員の少ないデベロッパーにとっては、とても厳しいように思えるのだが。

高場 「開発環境利用している身としては、やれることがどんどん広がっていってるので楽しいですよ。使える機能が増えて、厳しいというより楽しいです。大手と同じ土俵で戦うのは最初から違うと思っていますし、彼らとも戦略については目線が違うんですよ。大手のゲームデベロッパーさんは国内市場を向いてるんですね。日本人の好みや趣向に合わせたものを作ってらして。僕らはそれに対し、世界中どこにでもあるiPhoneの市場を獲りに行きたいんですよ。なので、国内向けにカスタマイズというのではなく、普遍的にみんな好きになれる、誰でも理解できるものを作るっていう方向に落ち着きますよね。これが僕たちの成長戦略なんです。コストかけずとも自分達の腕があれば立ち向かっていけるというのがこの市場なんだと思います。世界のデベロッパーは自国のマーケットはもちろんですけど、日本の市場も狙ってるんですよね。今年は、その傾向が顕在化してきたと感じていて、来年はアプリのランキングでも海外勢が席巻するような状況が生まれてくるのではないでしょうか。日本の企業も負けずに、中国やアメリカなど大きなマーケーットに攻め込んでいく姿勢があると嬉しいですけど。それとiOSの場合、端末のアップデートも年に一回で、機種も少ないので、デバイス対応が楽というのが大きいですね。Androidの場合、OSにバラツキがあったり、機種ごとの差があったりして全ての環境下で動作がOKってことがまずないんですよ。特に僕らの場合、海外ユーザーが多く、特定の機種で動かなかった場合、それが日本で販売されていなかったりして、取り寄せないといけないんですよね。実際のところ、Androidアプリのデベロッパーで全部をカバーするって考えのところはないと思います」

--最後に、今後、会社として挑戦してみたいことを聞いてみた。

高場 「繰り返しになりますけど、僕らは世界のマーケットで勝負しているので、億単位のユーザーを獲得したんですよ。1タイトルで1億、2億、欲を言えば5億。これ、実現している会社があって、例えばフィンランドのSupercell(『クラッシュ・オブ・クラン』などのタイトルで知られるデベロッパー)、イギリスのKing Digital Entertainment(『キャンディークラッシュ』などのタイトルで知られるデベロッパー)なんかがプレスリリースで出してる数字が7億くらいなんですよ。彼らのデイリーアクティブユーザーは、1億越えてることがあって、日本の人口くらいあるときがあります。ちょっと信じられない数字なんですけど、そこを目指していきたいですね。iTunes Storeなら、ひとつのアプリで世界市場を視野に入れられるって、それだけでも魅力的なプラットフォームなのではないでしょうか」

最新バージョンの「Brain Dots」では、ユーザーが新たなステージをつくることができる「ステージビルダー機能」が追加されている。これにより、ユーザーが作りユーザーが遊ぶプラットフォームとして生まれ変わった。ユーザーが作成したステージは、デザイン的に優れたものも多く、ゲームが上手いという以外の、新たな才能が発掘されているという印象を受ける。他のユーザーが作ったステージをお気に入りに登録することや評価することもできるので、そこでコミュニケーションが生まれているというのも見逃せないところだ。彼らはアップルの持っているエコシステムを利用し、その中に別な生態系を作り上げたのである。

iTunesではアプリやゲームのほか、さまざまなコンテンツが取り揃えられているが、カテゴリーごとにエキスパートがいて、タイトルをひとつひとつ人の手で吟味してiTunes Storeで紹介している。毎年発表される「Best of」はもちろんだが、日々更新される「スタッフのおすすめ」や特設ページを是非チェックしてみれば、その温もりのようなものが感じられ、「これいいから使ってみなよ」という声が聞こえてくるようである。また、繰り返しになるが、「Best of」が発表されることで 各コンテンツ業界にスポットライトがあたり、会社の規模、有名無名を問わず、良質なタイトルを作っていれば、均等にチャンスが与えられるのである。さらにユーザーは、いつでもどこでもコンテンツにアクセスできるし、保存もできるし、共有もできる。このように包括的なサービスを受けられるというのが、アップルのエコシステムの最大の魅力なのではないだろうか。

(稲葉雅己)