ジュビロ磐田が、J1自動昇格圏内のJ2リーグ2位となって、3年ぶりとなるJ1舞台への復帰を決めた。

 勝てばJ1昇格が決まる最終戦は、アウェーで大分トリニータと対戦。後半17分、DF伊野波雅彦が先制ゴールを決めて、そのまま逃げ切るかと思われたが、試合終了間際の後半45分にまさかの同点ゴールを許してしまった。だが、その直後、MF小林祐希が奇跡の勝ち越しゴールをゲット。劇的な勝利で、目標のJ1自動昇格をもぎ取った。それはまさに、名波浩監督が目指す"黄金期の復活"を予感させる、最高の締めくくりだった。

 一昨年、J2に降格したジュビロは1年でのJ1復帰を目指していたが、シーズン中盤を迎える頃には、自動昇格を果たすには厳しい状況にあった。そんなチームの建て直しを図るために、クラブOBの名波監督を迎えたのは、シーズンも終盤に突入した9月のこと。しかし、さすがに一度悪循環に陥ったチームが急激に変化することはなかった。そのままリーグ戦を4位で終えて、J1昇格プレーオフには臨んだものの、準決勝であえなくモンテディオ山形に敗れた。

 J1で数々のタイトルを手にしてきた名門クラブが、J2での2年目のシーズンを迎えることになるとは、誰も想像していなかった。ゆえに、J1昇格プレーオフに敗れて数日後、練習を再開した名波監督に対して、地元メディアからその原因についての質問が乱れ飛んだ。

 その際、J1昇格のために足りなかったものとして、名波監督が真っ先に指摘したのは、"チーム内のコミュニケーション不足"だった。

 名波監督はチームを任された瞬間、そのことを最も危惧していた。そのため、監督就任直後から、選手間でコミュニケーションを図るように口酸っぱく指示してきたが、短期間のうちには大きな変化は望めなかった。

 そこで、再スタートとなったこの日、名波監督は改めて選手たちに"コミュニケーション"の重要性を説いた。そして、チーム内のコミュニケーションを少しでも高めるために、こんな提案をしたという。

「仲良しクラブでもいいから、みんなで食事に行くとか、もっと選手同士で一緒にいる時間を増やしたらどうだろう」

 名波監督が"コミュニケーション"を重視するには理由がある。ジュビロは1990年代の後半から2000年代前半にかけて黄金期を築いたが、当時現役だった名波監督をはじめ、その頃の選手たちはよくチームメイト同士で行動をともにしていた。それが、チーム作りに大いに役立っていたと名波監督が言う。

「(選手間で)話をする機会が増えれば、お互いの性格や特徴もわかる。それが、ピッチ上におけるスムーズな連係にもつながる」

 個々の絶妙なコンビネーションからなる華麗なパスサッカーで多くのファンを魅了したジュビロ。その土台にあったのは、まさに普段からの"コミュニケーション"だったのだ。

 そうして新シーズンを迎えると、選手たちが徐々に連れ立って食事に行く機会が増えた。すると次第に、選手、そしてチームにも変化が表れ始めた。あるチームスタッフがこんな話をしてくれた。

「練習で声を出す選手が増えて、クラブハウス内での会話も確実に増しましたね。笑い声が絶えないし、何より以前よりも、選手も、チームも明るくなった」

 その変化は、サポーターたちも感じ取っていた。ジュビロでは練習後にほとんど毎日、サポーターと選手が直接触れ合う機会を設けているが、サポーターたちからこんな声をよく聞くようになった。

「以前よりも、選手が楽しそう。話もよくするし、表情が明るい。サインや写真にも気持ちよく応じてくれるようになった」

 そうやって変化を見せ始めた選手たちに対して、名波監督はそのつど、もともと課題としていたことを改めて意識させたり、新たなテーマを与えたりしていった。なかでも、最も声高に叫んでいたのは、「さぼらない。諦めない。(集中を)切らさない」という、3つの約束事だ。

 名波監督は、試合はもちろん、練習中でも、事あるごとにその言葉を繰り返した。おかげで、その意識はすぐにチーム内にも浸透していった。そして第6節(4月5日)、アウェーの横浜FC戦ではその成果がよく表れていた。

 それまで4勝1敗と、順調なスタートを切ったジュビロだったが、この日は早々に2失点を喫した。その後もリズムはつかめず、昨年までのジュビロならば、さらに追加点を奪われそうな展開だった。しかし前半終了間際から、「今季は違う」という姿を見せた。前半のアディショナルタイムにMF小林がFKを決めて1点差に詰め寄ると、後半に入ってからも2点を追加。見事な逆転勝利を飾ったのだ。

 試合後、殊勲の小林は勝因を聞かれて、すかさずこう語った。

「最後まで"諦めない"気持ちでプレーした結果」

 昨年には、選手からほとんど発せられたことのなかった「諦めない」というフレーズ。チーム内に"名波イズム"は確実に染み渡っていた。結果、昨年は一度もなかった逆転劇が、今季は7度も演じられた。

 明るさ、強さ、試合に取り組む姿勢......など、戦う集団として効果的な要素を取り入れて、昨年よりも格段にチーム力がアップしたジュビロ。シーズン終盤にはアビスパ福岡の猛追を受けて、最終節には勝ち点差なしという状況にまで迫られたが、そのしびれるような境遇にあっても、名波監督が掲げた"3つの約束事"を選手たちがしっかりと実践して乗り切った。

 大分に土壇場で追いつかれたあと、選手たちはまったく諦めていなかった。誰もがすぐに気持ちを切り替えて、全員で勝ち越しゴールを狙いにいった。その姿を目の当たりにしたときには、名波監督も感動を覚えたという。

「(最後は)選手たちの成長と頼もしさを感じた。3つの約束事が果たせた、集大成の試合だった」

 いよいよ来季は、J1の舞台に挑む。名波監督は、J1の18チームとJ2覇者の大宮アルディージャに続いて「ウチはまだ、J1リーグでは20位のチーム」と自重気味に話したが、J2の戦いの中でもJ1で戦えるチーム作りを目指してきた。

 わずか1年で、チーム力を格段に高めて、チームカラーさえもガラッと変えた手腕をもってすれば、再びJ1で上位を争えるチームを築いてくれるはずだ。ジュビロが新たな黄金期を迎える瞬間を、多くのファンが待っている。

望月文夫●文 text by Mochizuki Fumio