TPPの大筋合意で輸入関税340万円の撤廃が決まった外国産サラブレッド。今後、どうなるか…?

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TPP(環太平洋パートナーシップ)協定の大筋合意の結果、サラブレッド(軽種馬)の輸入関税が撤廃されることが決定した。

現在、サラブレッドには1頭=340万円の関税が掛けられている。この関税が、TPP発効後16年目までに撤廃されるのが外国産競走馬だ。

競馬界の中では通称“マルガイ”と呼ばれ、ダート競争で活躍するマルガイの大半はアメリカ産。一例だが、2歳春に輸入され、初夏にはJRAの調教施設であるトレーニングセンターの各所属厩舎(きゅうしゃ)に入り、1〜2ヵ月程度で新馬戦を迎える。かつての外国産競走馬ではヒシアマゾンやタイキシャトルが有名どころといえる。

一方、外国産の繁殖牝馬(受胎馬)にも1頭340万円の関税が掛けられ、こちらはTPP発効後に即時撤廃されることが決まった。その輸入量は日本全体で年間10頭弱と少なく、輸入した繁殖牝馬は牧場で春先にはお腹の仔を出産。その産駒は0歳〜1歳馬の間に競りや庭先取引き(牧場と馬主の直接取引き)に出されて馬主の手にわたり、その後、育成牧場でトレーニングを積んで2歳夏ごろからレースに出走することになる。かつての受胎馬では02年のクラシック三冠馬、ディープインパクト(父・サンデーサイレンス)を産んだウインドインハーヘアが知られている。

農林水産省によると、直近3ヵ年平均の輸入量(競走馬+受胎馬)は170頭。国内のサラブレッド生産頭数(約6800頭)の約2%に止まる。なぜか? 繁殖牝馬(母馬)と種牡馬(父馬)を輸入するサラブレッドのエージェント会社、ストックウェル・インターナショナルの社長・竹内啓安氏がこう話す。

「国内生産の8割のシェアを持つ北海道・日高地区には中小・零細牧場が多く、『アメリカにいい配合の仔を受胎した手ごろな繁殖牝馬がいる』と話を持っていっても一律340万円の関税がネックとなり、購入に踏み切れない。そんな歴史が長く続いたため、外国産繁殖牝馬は仔馬をセリや庭先で売ることができるので輸入が困難な牧場でもビジネスになりやすいのですが、日高地区の大半の生産者には“外国産繁殖牝馬を買う”という発想すらなくなっているのが実情です。

牧場で所有する繁殖牝馬は自家生産馬が多いんですよ。自分の牧場で生産した牝馬が競争生活を終えて牧場に戻ってきて繁殖牝馬になるケースがほとんどです。あとは知り合いの馬主さんから競争終わりの牝馬を安価に譲り受けるケースですね。いずれにせよ、高い関税を払って繁殖牝馬を買うという感覚はないんですよね」

では、そこで関税(340万円)が撤廃されたら?

「国内産馬と外国産馬の力の差は以前ほど離れていないので、90年代の“マルガイブーム”のときほど外国産馬が流入することはないですが、アメリカ産の競走馬を購入する馬主や、アメリカ産の繁殖牝馬を購入する牧場は増えるでしょうね」(竹内氏)

これに関しては、北海道内の競走馬の牧場主もこう話す。

「外国産馬の輸入価格は血統や重賞レースの実績などに左右され、1頭・数億円の良血馬から数十万円の低価格馬までピンきりですが、ある程度の競争成績が期待できる馬は2千万円ほど。例えば、その額の外国産馬で関税(340万円)が0円になれば約2割引きの1760万円で買えるようになります。これが1千万円の外国産馬になると約3割引き。馬主にとっては価格の安い馬ほど関税撤廃による値引きの恩恵があるということです」

TPP交渉の大筋合意では、取引価格が850万円以下の場合はセーフガード(輸入量を制限する措置)が発動されることになっているため、その価格を下回る格安馬の輸入が極端に増えることはないが、「TPPで大量に流入する恐れがあるのは価格1千万円台の中堅馬」(前出・竹内氏)とのこと。価格で競合する生産者にとっては大打撃となりかねない。

日高地区で開催されるセレクションセール(競り)の平均価格は1100万円程度。まさに大量流入が懸念されるアメリカ産馬とバッティングし、北海道庁・関係者も「高額な良血馬以外の多くがアメリカ産に取って替わる」と危惧しているという。

「飼料代や人件費、土地代が高く、日本の競走馬の生産・育成コストはアメリカの2倍はする。その分、同じ価格でもアメリカ産馬には近親に重賞レースで実績のある馬がいたりと、血統馬が競りに上場されていることが多いんです。

それにアメリカ産馬にはスピード系で、ダート競争が開催レースの半数を占める地方競馬向きの馬が多いことでも知られています。コスパの面ではかないそうになく、関税が撤廃されたら日高の馬が馬主に見向きもされなくなるかもしれない…」(前出・牧場主)

そもそもが日本有数の産地である日高地区の牧場経営は厳しい状況にある。

「最近では競りに出してもいい値がつかない。売却額は年々減る一方で、競りで十分な稼ぎが得られないから良質なお父さん馬(種牡馬)と種付けすることができない。良血馬ともなると一回の種付け料が数百万円に上るため、手が出ないんです」(前出・牧場主)

ちなみに、現在の種付料の最高額は3冠馬・ディープインパクトの2500万円。その下はキングカメハメハ・800万円、オルフェーブル・600万円などと続く。

「そんなの借金をしても手が届かないレベル。我々みたいな零細牧場では、種付け料数十万円レベルの血統もレースの成績も悪い種牡馬と繁殖牝馬を交配させ、“大化け”してくれることを期待するしかないといった状況です」(前出・牧場主)

零細牧場が生産した馬は、中央競馬では血統馬にかなわないため地方競馬のオーナーに売られるケースが多い。しかし地方競馬で馬が勝利しても、もらえる賞金は10万円程度。「えさ代など経費を引くと、月に2〜3勝させないと割りに合わないレベル」(前出・牧場主)

現金収入が少ないから、レースで勝てる見込みの低い馬しか生産できず、馬主から敬遠される悪循環…。

「日高地区ではこの負のスパイラルから抜け出せず、この10年で数多くの牧場が閉鎖に追い込まれました。最近では皐月賞や有馬記念を制したトウショウボーイなど『トウショウ』を冠する名馬で競馬界を盛り上げたトウショウ牧場、メジロライアンやメジロドーベルを輩出したメジロ牧場など大手牧場の閉鎖が目立つようになっています」(前出・竹内氏)

苦境に立たされている日高地区の生産者に追い討ちをかけるのがTPPというわけだ。関税(340万円)はTPP発効後に年々引き下げられ、16年目に0となる。その間、競走馬の輸入は年々増え、日高地区の生産者たちをジワジワと苦しめることに…。

「日本の競馬界は今、勝ち組と負け組にクッキリと分かれているのが現状です。前者は、日本競馬界で強大な支配力を持つ社台グループ。後者は日高地区の生産者。社台グループは外国産馬が流入しても『影響なし』と余裕の構え、日高地区の生産者の多くは『TPPで廃業が相次ぐ』と戦々恐々としているのです」(前出・牧場主)

だが、一方で前出の竹内氏はこう話す。

「TPPが日高を救い、社台グループの一強体制を打ち崩すきっかけになるかもしれません」――。

●この後編は、明日配信予定!

■『週刊プレイボーイ』47号(11月9日発売)「『TPPでお買い得』最終リスト!」では、関税引き下げで値下がりする注目の品目を一挙公開!

(取材・文/興山英雄)