中距離(2000メートル)ながらスピードも不可欠な秋の古馬戦の最高峰である天皇賞。調教師・角居勝彦氏が送りだした名馬・ウオッカが2008年秋に天皇賞で勝った背景には、ライバルの存在が不可欠だった。週刊ポストでの角居氏による連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」より、ウオッカとダイワスカーレットのライバル物語についてつづる。

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 前年の有馬記念で惨敗した後、2008年3月にドバイデューティフリーで走らせました。海外の風が良かったのか、帰国してから逞しさが増していました。

 気を遣ったのは同世代のダイワスカーレットにどのタイミングでぶつけるか。競走馬は、短期間に同じ相手に3回競り負けるとダメです。「あいつにはかなわない」と自ら順位付けをしてしまう。頭がいい馬ほどそうです。強い3歳馬なら同じレースに出ることも多く、気の弱い馬だと戦意喪失なんてことにもなりかねません。

 ダイワスカーレットは卓越したスピードで先手を取り、そのまま押し切る堂々とした競馬で牡馬たちをも蹴散らす存在で気性もタフ。鋭い切れ味で勝負するウオッカとは好対照。共に男勝り。女王争いですね。

 2007年のチューリップ賞で初めて戦い、このときはクビ差でウオッカ。次の桜花賞ではダイワスカーレットが勝ってウオッカは1馬身半差の2着。その後、ウオッカはダービーを獲ったものの、秋華賞では完敗(3着)。逃げるダイワスカーレットに、追いつくことができなかった。

 次のエリザベス女王杯に向けて陣営は鼻息を荒くしました。直線の長い京都の外回りで、距離が1ハロン伸びるのもウオッカ向きです。ここで勝てば星は五分、苦手意識を払拭できます。

 ところが、前日発売で単勝1番人気に支持されていたにもかかわらず、右トモ(後ろ脚)の故障で出走取消。仕切り直しの対決となった有馬記念でダイワスカーレットは2着に頑張ったのですが、ウオッカは初の二桁着順(11着)。ウオッカはプライドが高い反面、「もうやめた」といった脆いところもある。

 翌年、ウオッカはドバイへの遠征を経て、ヴィクトリアマイル(2着)、安田記念(1着)と結果を出しましたが、ダイワスカーレットは脚部不安で春シーズンを全休していました。

 そして4歳秋、毎日王冠(2着)を使ったウオッカと4月の大阪杯(1着)以来のダイワスカーレット、5度目の対決。調教師も師弟関係とマスコミも煽ったライバル対決でした。

 内側で二の脚三の脚を使うダイワスカーレット、その外で末脚を伸ばすウオッカ。「競馬史上に残る壮絶な叩き合い」でした。レース後、10分以上経っても確定ランプが着かず、同着という声もあった。わずか2センチ差の勝利でした。

 対戦成績はウオッカの2勝3敗。しかし2センチ差を勝ったのが大きかった。パドックや輪乗りのとき、「また、あの娘がいる」と気づいたはずです。「ここで勝たないとヤバイ」くらいに思ったのかもしれません。

 そこを2センチ差で乗り越え、ウオッカは精神的にも大きく成長しました。しぶとくタフなダイワスカーレットとの戦いが、その後のGI3勝(計6勝)につながった。ダイワスカーレットもたいしたもので、この後の有馬記念を勝っている。

 ライバルの存在が馬を強くします。早めに格上挑戦をさせて、ライバルを見つけるという考え方もあります。

※週刊ポスト2015年11月6日号