朝ドラ『あさが来た』で波瑠が演じる主人公・白岡あさのモデルは、幕末から大正までの激動の時代を駆け抜けた女性実業家・広岡浅子。嫁ぎ先の銀行経営に大いに貢献したり、日本初の女子大の設立、保険事業にも剛腕をふるった人物だ。

「まだスタートしたばかりなので、保険加入者が増えたなどの反響まではわかりませんが、広岡浅子や朝ドラに関する問い合わせは増えていますね」(大同生命保険株式会社・広報担当者)

広岡浅子は、今なお業界屈指の生命保険会社である大同生命創立の立役者。京都の豪商・三井家の娘として生まれたのは嘉永2年(1849年)なので、黒船来航の4年前にあたる。

「当時、女性は自由な生き方は認められず、浅子も幼少時から琴や三味線、茶の湯に書道、生け花、裁縫などの稽古事に追われる日々。しかし、そんな生活に不満を持ち、自身でも“おてんば”と後年振り返る活発な少女として育ちました。例えば、店の丁稚らを相手に相撲をとったり、また、弟の書物を借りて『論語』などを読みふけったため、親から“女には学問不要”と言われ、いっさいの読書を禁じられたほど」(NHK関係者)

相撲や読書を好んだことについては、すでにドラマでも描写ずみ。さらには突然、ふさふさと艶やかな島田髷を惜しげもなく根元から切り捨てたこともあるという。

物心つく前に許嫁が決められていたのも、ドラマどおり。浅子は親の言いつけに従い、15歳で大坂の豪商・加島屋に嫁ぐこととなる。

「玉木宏が演じる白岡新次郎も遊芸好きとして描かれていますが、そのモデルとなった夫の広岡信五郎も、商売は店の者に任せ、茶の湯や謡曲に没頭。浅子もおしろいで顔を塗り、振り袖で身を包み、外出するときには輿に乗るなど、お姫さま扱いされたのですが、加島屋の放漫な経営ぶりを見て、商売の勉強をすることを決意。周囲の反対をものともせず、睡眠時間を削って、そろばんや簿記を学びました」(テレビ誌ライター)

この“勉強”が嫁いで3年後に役立つことに。明治維新で幕藩体制が崩壊し、両替商・加島屋の『大名貸し』が大打撃を受けたため、立て直しを迫られたからだ。

「当時20歳そこそこの浅子は金策のため、東京の大名屋敷に乗り込みます。宇和島藩邸では取り合ってもらえず、ついには足軽部屋に追いやられて、ひと晩過ごすという危険な目に遭いながらも、一歩も引かずに話をつけたとか」(前出・NHK関係者)