華やかな職業の裏側で…(写真はイメージです)

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 女子アナ、CAといえども、生活は一般人が想像するよりは厳しい。いつの時代でも女子アナとCAといえば憧れの女性の職業だ。男性が結婚したい、付き合ってみたいと思う華やかな職業の代名詞としてこの2つの職が真っ先に挙げられる。

 しかし、美貌と知性、そして高収入と三拍子揃ったこの2つの職業が“高収入”というのは、今、かならずしも当てはまらないという。1990年代初頭のバブル崩壊以降、2010年まで続いた、いわゆる「失われた20年」でデフレ化が進み、その波は女子アナやCAといった華やかな女性職業にまで押し寄せてきた。

最盛期・年収700万円から月収1万円弱への転落

 元九州の地方局に局アナとして活躍していたフリーランスの水田菜々子アナ(仮名・39)はこう語る。

「局アナ時代は若手だったので年収400万円でした。その後、東京に出てフリーとして在京キー局でレギュラーを持っていた当時は、アナとしての収入だけで年収500万円ほど。加えて結婚式やイベントの司会、ビデオのナレーションといったアナならではの副業もポンポン入ってきたので、年収700万円くらいいきましたね」

 だがレギュラー番組から降板すると、アナとしての年収約700万円から月収1万5000円にまで落ち込んだ。降板により、副業の声もかからなくなったという。まさにデフレの進行だ。

「とても生活できないのでアナという身分を隠してアルバイトをしました。飲食店で催されるパーティにウエイトレスとして働いたこともあります。一回で5000円でした」(水田アナ)

 現在、ラジオ番組のナレーションを時折する水田アナの収入は月に1万円弱ほど。ほか単発のナレーションといったアナの仕事で月平均3万円程度という。地下アイドルの物販の手伝いなどをして収入を増やしている。月収にしてトータルで5万円程度だ。

「アナ仲間には、ホテルのベッドメイキングや、運送会社の仕分けをしている人もいます。収入面ではそんなに恵まれているとは思えません。独身で都内在住だと生活は相当厳しい筈です」(同)

離婚の末、CA職も契約社員からパート勤務に

 CAも事情は同じだ。女子アナ同様、アルバイトや副業でレギュラーの仕事を持つと本業に差し支える。だから単発の仕事を選ばざるを得ない。CA本業の収入が1万円以下というケースもそう珍しいものではない。元国内大手航空、外資系航空と渡り歩いたベテランCA、澤木彩子さん(仮名・40)は、その実情をこう話す。

「国内大手航空会社に勤務していた当時は20代で400万くらいでした。結婚を機に退職し、その後、外資系航空に復帰しました。それでも手当てを加算すると年収600万円弱はキープしていました」(澤木さん)

 だが年齢的にもCAの仕事に陰りがみえてきた。契約社員からパート勤務になり、年収600万円から月収わずか8800円にまで減った。もっともそれは航空会社の事務手伝いのような仕事だった。

「もうCAとしては終わったのかもしれません。結婚を機会に国内大手航空を辞めたのが失敗でした。その時、結婚した夫とはもう離婚しました。働かない、家では暴力は振るう、大声を出すと最悪でした」(同)

 大手航空会社を辞め、家庭に入りたかった澤木さんだが、結婚後、元の夫は、それまで勤めていた国内大手証券会社を退職、夫の地元である関西の某県で県会議員選挙に出馬した。CAを辞めたばかりの澤木さんももちろん選挙に借り出された。

「事あるごとに“元CA”を連呼されて。落選してからは、『CA時代の貯金があるだろう』と私の貯金も選挙の後始末に使われました。残ったのは3000万円ほどの借金です。私名義の借金も1000万円ほどありました」(同)

 外資系航空にCAとして復帰し、借金を返し終えたと同時に契約社員からパート勤務への転換を告げられた。

「借金はもうありません。でも、貯金もなく、収入もない。子どももいない。ないない尽くしです。これから何を励みに、支えに生きていけばいいのか。結婚するといってもお相手もいません。結婚相談所に登録するお金もないんですよ……」(同)

 現在、彼女は近所コンビニでアルバイトをしながら、家賃3万5000円、風呂・トイレ共同のアパートで都内で暮らしている。

 一方で女子アナ、CAでも1000万円以上の年収を稼ぐ者もいる。デフレ化と同時に格差社会は進むばかりだ。景気回復が伝えられる昨今だが、女子アナ、CAの一度下がってしまった人件費が上昇する兆しはない。

 もっとも人件費が上昇したところで彼女たちの仕事が増えるわけでもない。失われた20年で彼女たちが失ったのは収入だけではなくその“職”なのかもしれない。

(取材・文/大越冴子)