27日、樋口陽一東京大学名誉教授が講演、中国の海洋進出の動きが活発化していることについて、「日中両国はともに覇権を求めず」と明記されている日中共同宣言に基づいて日本は中国に対し「覇権を求めるな」と要求すべきだと力説した。

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2015年7月27日、比較憲法学の第一人者、樋口陽一東京大学名誉教授は「憲法と戦後70年」と題して日本記者クラブで講演した。中国の海洋進出の動きが活発化していることについて、「日中両国はともに覇権を求めず」と明記されている日中共同宣言に基づき、日本は中国に対し「覇権を求めるな」と要求すべきだと力説。その上で、「(1980年代に)中曽根首相と胡耀邦総書記(いずれも当時)の間でつくられた信頼関係を取り戻す必要があり、(信頼醸成に有効な)平和憲法を改正すべきでない」と強調した。発言要旨は次の通り。

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安倍政権は当初(国会議員の3分の2を改憲発議の要件とした)憲法96条を変えようとした。小林節慶応大名誉教授は「裏口入学」とわかりやすく評したが、今度は裏口どころか、解釈改憲で表玄関から9条に入ってきた。集団的自衛権はほとんどの憲法学者が憲法違反と言っていることに対し「憲法神社の神主たち」との批判があるが、この批判は民主法治主義の基本である立憲主義に反する「言いがかり」だ。

新安保法制が憲法違反でない証拠として政府・自民党が持ち出した砂川事件での最高裁判決(1957年)は、米国政府から駐米日本大使が「合憲」判決とするよう要求され、当時の田中耕太郎最高裁長官がこれに従ったという文書が発見された。事前に日米政府間ですり合わせがあったことが明らかになったもので、あえて(最高裁の役割を放棄した)この判決に言及した政府・与党の“神経”は不可解だ。

私は学者が世間にかかわったり、連名で声明を出したりするのは学問の本質に反すると、最近まで考えていた。しかし今、日本の政治から「抑止力」が欠落していることに危機感を持っており、動かなければならないと考えている。

かつての「55年体制」(1955年に定着した政治の枠組み)は学会や政界、メディアの世界で不人気だが、私はあえて評価したい。自民党一党独裁と言われながらも、実態は派閥による連立政権で、野党や労働運動との対抗関係もあり抑止力が働いていた。ところが衆参の“ねじれ”を解消した安倍政権は、「決められる政治」へと(独裁的に)突き進んでいる。

(中国の海洋進出の動きが活発化しているが)だからこそ平和憲法を改正すべきでない。日中共同宣言に「両国はともに覇権を求めず」と明記されている。最近の中国は覇権を明らかに求めている。本来正面から対座して、覇権を求めるなと要求する権利が日本にはあり、言わなければならない。(1980年代に)中曽根首相と胡耀邦総書記の間でつくられた信頼関係が重要だ。緻密に歴史を巻き戻して本来進むべき道を歩む必要がある。

(1989年の)北京・天安門事件の際、はっきり「正しくない」と言うべきであった。欧米諸国は対中制裁に踏み切ったが、日本は最初に交流を開始するという間違いを犯した。

現在の日本の政治指導者が中国に似てきたとの印象を、欧州などの識者は持っている。私の知人らも民間の自由な表現が抑制されている感じがすると懸念している。

こうした中、日本の学生ら若者が、正面から向き合って批判の声を挙げていることに対し、米国の著名な学者らから支持の声が届いている。米政府は2012年に安倍政権が誕生した後、(戦後レジュームからの脱却と靖国神社参拝など歴史修正的な考え方を)明らかに警戒し、最初の安倍首相訪米では冷遇した。ところが今年春の訪米でカネのない米国に対し、カネや自衛隊を出して助けると約束したため大歓迎された。

◆安倍首相は父方の祖父を思い出せ

米国の心ある知識層は日本の行く末に不安を持っていたが、最近日本の若者が言うべきことは言うようになったと評価、安心感を抱いている。私も今の政治に抗議する大小の集会が、国会周辺をはじめ全国各地で同時多発的に毎日繰り広げられていることに希望を見いだしている。かつての市民運動は労組や政党が主体で停滞気味だったが、若い世代が多く、生き生きとしている。

安倍首相は、(戦前、東条内閣で商工大臣を務め、戦後戦犯扱いとなった)母方の祖父、岸信介元首相を尊敬しているようだが、願わくば父方の祖父・安倍寛氏を思い出してほしい。安倍寛氏は東条英機の戦争方針に反対し、戦時中の総選挙では『大政翼賛会非推薦』で当選した反骨の政治家だった。(八牧浩行)