薬物依存症の田代まさしが提言「芸能人向けのダルクを作りたい」
法務省などによる『“社会を明るくする運動”中央推進委員会』が主宰した「立ち直りフォーラム」に田代まさし氏(58)が参加し、これまでの覚せい剤依存の日々、そして出所後の自身の取り組みを発表した。
この「立ち直りフォーラム」というすごい名称のフォーラムは、7月1日に東京・イイノホールにて開催された。法務省のウェブサイトによれば『犯罪や非行をした人の立ち直りを支える地域の理解を深め、幅広い層の協力の輪を広げるとともに、立ち直りを支えている人々にとっての活力となるように』との目的があるという。
田代氏は「立ち直り発表会」と題された第2部で、薬物依存症からの回復と社会復帰を目的としたリハビリ施設「ダルク」による活動報告として日本ダルクの近藤恒夫氏とともに壇上に上がり、田代氏、近藤氏の順に報告を行った。
「皆さんこんにちは。薬物依存症の田代です」
中高年の多い会場から笑い声が響く。しかしこれはなにも笑いを取るためではなかったようだ。田代氏の出所後の著書「マーシーの薬物リハビリ日記」(アース・スター・エンターテイメント)によるとダルクで1日2回行われるグループミーティングで薬物体験談を語る際、自己紹介として「薬物依存症の○○です」と自ら名乗るルールがあることが記されている。これにより“自分は薬物依存症という病気なのだ”という自覚を持つのだという。
「ASKAはまだまだ甘い」田代氏は昨年の出所後ダルクに入所、現在はスタッフをしている。かつてテレビで大活躍していた時代があっただけに、20分間という短い時間で見事なトーク力を発揮した。全盛期よりは滑舌がかなり悪く、聞き取りづらい箇所もあったものの、ここ最近、覚せい剤取締法違反に問われて日本を驚かせた国民的歌手、ASKAを引き合いに出しながら軽快に話を進める。
「おそらく日本で一番有名な依存症です。あのCHAGE AND ASKAのASKAよりも全然先輩です。彼はまだまだ甘いと思います。初犯で執行猶予。僕も初犯で執行猶予の時がありました。でも自分は強いとか、根性で薬は止められるとか思っていたんですが、まったく薬の前で僕は無力でした。たぶん、彼ASKAも、僕がちょっと心配だなと思うのは、まだお金をけっこうたくさん持っている。待っててくれる家族がまだいる。ぼくはお金も家族もすべてなくして、何回も刑務所に入ってやっと気づく事ができた。だからちょっとまだ彼、心配だなと言う風には考えているんですけど」
覚せい剤取締法違反で度重なる逮捕、そして服役を経た“先輩”故に“後輩”を慮っているのだろうか。そして、こう続けた。
「今回の立ち直りフォーラム。僕まだ立ち直ってません。あくまで立ち直り途上です。それが薬物依存っていうものです」
前回の逮捕後、近藤氏から差し入れてもらった本を読み、自身が薬物依存症という病気だと自覚したという。
「初めて肩の力が抜けたっていうか。『オレ薬物依存っていう病気だったから薬止められなかったんだ』と、そう思えるようになったらなんか急に楽な気持ちになったんです。毎日ダルクに自分の足で通って、事務所のお掃除をしたりコーヒーを淹れたりお客さんのお世話をしたり電話を取ったり、刑務所から来た手紙に返事を書いたりとか、そうやって毎日を過ごしているんです」
講演中、『ダルクと繋がった』『ダルクの仲間が』というフレーズがたびたび飛び出し、現在の田代氏は“ダルクの仲間たち”とともに薬物依存の治療に日々取り組んでいることを伺わせた。
「その、なんていいますかね、今日一日ってことですよね、それが回復にすごく必要。薬物依存の特効薬はないってこと。ここで回復したとか立ち直ったてことはないんですよ、薬物依存には。その一日一日止め続ける、それを重ねていく事しか。俺たちにはもう残ってないというか」
特に覚せい剤依存症については、“死ぬまで使わずに済んで初めて依存症が治ったと言える”などといわれることもある。毎日の積み重ねで自信をつけ、周囲からの信頼を徐々に回復していくしかないのだろう。
刑務所のことについては「確かに刑務所は薬を使えないし、身体的依存はなくなります。3年半薬やってないわけだから。でも精神的依存は刑務所にいてもなかなか抜けません。刑務所はあまり意味がありません」と、法務省関連のイベントで身もふたもない発言をし会場が笑いに包まれる場面もあった。
今回のフォーラム開催日の翌日は、田代氏の出所1周年。「1年前まで僕は法務省の施設だった刑務所にいた訳ですよ(会場ざわつく)。それが今こうやって法務省の人に頭を下げられてここに講演に来ている。生き方は変えられるという事です。今回法務省の局長に『君みたいな人が回復のモデルになったらすごい社会的にいいと思うよ』って言っていただけた」と、やや照れくさそうに語り、会場からは拍手が起こった。締めには、
「俺みたいなのが回復のモデルになればいろんな人の手助けになるなと思ってこれからも頑張っていきたいし、先ほどお話ししたダルクの近藤代表、まあ、ご存知のように、そんなに先長くないと思うんですよ(会場笑い)。もうここまできたら俺がダルク継いじゃうかとまで思ってます(会場拍手)。ええ(会場大きな拍手)」
冗談のようにも聞こえるが、実は本気のようだ。先述の著書では“ゲイ向け、レズ向け、ヤクザ向け、などいろんなダルクがあるが、芸能人向けのダルクはない”として、いつかそんなダルクを作りたい、と、最後に高らかに宣言しているのである。
出所後わずか1年も経たないうちから法務省関連のフォーラムに声をかけられ、ダルクのイベントにも定期的に近藤代表とともに出向き、講演している。有名人だった田代氏を“薬物依存からの立ち直り”的なポジションに据えることは、法務省にとっては薬物撲滅の取り組みの周知という意味で、日本ダルクにとっては存在そのものの周知という意味で、大きなメリットがあるのだろう。
田代氏はおそらくそれも理解したうえで「今の田代まさしにできること、俺にしかできないこと」とダルクのスタッフとして一日一日を過ごし、講演の要請に応えている。いつかひょっとして本当に『芸能人向けダルク』が作られる日が来てしまうかもしれない。ただし、再犯がなければ、の話だが……。
著者プロフィールライター
高橋ユキ
福岡県生まれ。2005年、女性4人の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。著作『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)などを発表。近著に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)