先月30日に開幕を迎えた2015年U-20ワールドカップ。日本代表は惜しくも出場することが出来なかったが、Jからは佐藤隆二主審、八木あかね副審、山内宏志副審が派遣されて試合を裁くことが決定している。

世界中から才能が集まる大会ということで、各国の有力クラブのスカウトも一堂に会することで知られる。そこで戦った選手達は今どうしているのか?

今回もシンガポール戦直前の特別編、2003年大会でベスト8に入った日本代表のメンバーをチェック!

GK:川島永嗣

当時所属:大宮アルディージャ

現所属:スタンダール・リエージュ(ベルギー)

この年に浦和東高校から大宮アルディージャに入団したばかり。Jリーグではまだ出場機会がない状況だった。

2003年にレギュラーを奪取して大きな注目を集め、名古屋グランパスエイトへと移籍。そこでは楢崎のサブに留まったものの、2007年に契約した川崎フロンターレで守護神として活躍を見せた。

2010年ワールドカップ直前に日本代表のレギュラーも獲得し、大会後にベルギーへ移籍。リールセ、スタンダール・リエージュでプレーしたが、今季契約満了で退団が決まっている。

GK:岡本昌弘

当時所属:ジェフ市原

現所属:ジェフ千葉

イヴィチャ・オシム時代のジェフでサードキーパーを務めていたことで知られている。2002年に入団後長く同チームに所属しており、2006年あたりから少しずつ出場機会を増やしていった。

今季は高木駿にポジションを奪われサブに降格しているが、同チームで14年目のシーズンを迎えている。

DF:徳永悠平

当時所属:早稲田大学

現所属:FC東京

このチームに招集された2名の大学生の1人だった。堅実な守備を武器に後に2004年アテネ五輪、2012年ロンドン五輪にも出場し、フル代表でも9試合に出場している。

この時には既にFC東京に特別指定選手として所属しており、卒業後には正式に契約。今季は同クラブでの記念すべき10年目となる。

DF:角田誠

当時所属:京都パープルサンガ

現所属:川崎フロンターレ

10代で京都のレギュラーを獲得したディフェンダー。フィジカルの強さとスピード、そして闘争心、ヘディングを兼ね備える選手として知られ、センターバックだけでなくサイドバック、ウイングバック、ボランチなど様々なポジションを経験した。

2004年に育った京都を離れて名古屋に移籍し、2年半後にはレンタルの形で復帰。2007年に完全移籍で京都に戻り、J2に降格する2010年まで継続的に活躍を見せた。

その後はベガルタ仙台で長くプレーし、ACLにも出場。今季は川崎フロンターレへと移籍した。

DF:永田充

当時所属:柏レイソル

現所属:浦和レッズ

高卒ルーキーであったが、2年目からレギュラーに定着して話題を集めたCB。日本代表には定着は出来なかったものの、2010年のキリンチャレンジカップでデビューを果たし、アジアカップ2011にも槇野、酒井の負傷で追加招集された。

大きな怪我に苦しみ2年近く離脱したものの、アルビレックス新潟で復活を見せ、2011年から浦和レッズでプレーしている。

DF:近藤直也

当時所属:柏レイソル

現所属:柏レイソル

ユースから昇格した柏レイソルで長くプレーし、今季で14年目を迎えているストッパー。アテネ五輪には予選に出場経験があるが本大会には呼ばれず。2012年に日本代表として初キャップを獲得したが、その後は招集されていない。

しかし柏ではJ2、J1優勝、天皇杯優勝、ナビスコカップ優勝など数多くのタイトルを獲得し、2011年にはJリーグベストイレブンにも選出されている。

DF:栗原勇蔵

当時所属:横浜F・マリノス

現所属:横浜F・マリノス

絶大な空中戦の強さと闘争心を持つことで知られる横浜F・マリノスのストッパー。この時はまだクラブで出番を得られない状況にあったが、後にレギュラーに定着。長く中澤佑二とコンビを組んだ。

日本代表には2006年に初招集を受け、2010年からはセンターバックの3番手として常連のメンバーとなった。2013年コンフェデには参加しているが、2014年ワールドカップには選考漏れとなっている。

MF:菊地直哉

当時所属:ジュビロ磐田

現所属:サガン鳥栖

高校時代に海外移籍も噂された天才MFとして知られた。ジュビロ磐田でも若くしてそこそこの出番を得ており、2004年アテネ五輪にも出場したが、2007年に不祥事を起こして登録禁止処分を受け退団している。

ドイツ2部でピッチに復帰した後日本に戻り、大分トリニータ、磐田時代にも短期間貸し出されていたアルビレックス新潟でプレー。2013年途中からサガン鳥栖へと移籍している。

日本代表としても1capを保有しており、フルメンバーを送れなかった2011年アジアカップ予選のイエメン戦でプレーしている。

MF:今野泰幸

当時所属:コンサドーレ札幌

現所属:ガンバ大阪

後に日本代表では欠かせないセンターバックに成長。アジアカップ3大会、ワールドカップ2大会、コンフェデレーションズカップ1回に出場した。2010年には闘莉王のモノマネが世間を震撼させた。

この時は守備能力に長けたボランチとして知られており、現在のガンバではその頃の役割に回帰しているとも言える。

高卒で入団したコンサドーレ札幌でいきなりレギュラーに定着して高い評価を受け、2004年にはFC東京へと移籍。アテネ五輪にも出場している。

MF:成岡翔

当時所属:ジュビロ磐田

現所属:アルビレックス新潟

藤枝東高時代は非常に大きな期待を受けていた選手であり、新卒で入団したジュビロ磐田でも初年度から出番を得ていた。後に背番号10も付けるなど中心的な存在に。2011年にアビスパ福岡、2013年にアルビレックス新潟へと移籍している。

アテネ五輪の候補ではあったがメンバー入りは逃しており、フル代表の経験はない。

MF:小林大悟

当時所属:東京ヴェルディ1969

現所属:ニューイングランド・レヴォリューション(アメリカ)

テクニックに優れた攻撃的MFとして知られ、後に国外に移籍。ノルウェーのスターベク、ギリシャのイラクリスにも所属し、2013年からはアメリカ・メジャーリーグサッカーに進出した。現在はニューイングランド・レヴォリューションでプレーしている。

日本代表としても1試合に出場した経験があり、オシム体制下のトリニダード・トバゴ戦で初キャップを獲得している。

MF:山岸智

当時所属:ジェフ市原

現所属:サンフレッチェ広島

イヴィチャ・オシムの申し子として知られる万能ウイング。ジェフでこの年に台頭し、2007年までチームの中心的な存在として活躍した。その後川崎フロンターレを経てサンフレッチェ広島に加入している。2012年には足の血流障害に罹患し、治療を受けることになった。

日本代表としてもイヴィチャ・オシム氏によって招集され、2007年アジアカップに出場している。

MF:鈴木規郎

当時所属:FC東京

現所属:グローバルFC(フィリピン)

強烈な左足から「ノリカル」の異名を取ったレフティ。FC東京で長くプレーしたことで知られる他、2009-10シーズンにはフランス2部のアンジェに所属したことでも話題となった。

2010年には帰国して大宮アルディージャに加入し、2014年にはベガルタ仙台へ移籍。今年は再び海外へと飛び出し、フィリピンのグローバルFCに入団している。

MF:谷澤達也

当時所属:柏レイソル

現所属:ジェフ千葉

鋭いドリブルと独特のキャラクターで知られる攻撃的MF。柏レイソルでもルーキーイヤーから出場機会を獲得し、評価を高めていった。

2007年限りで育った柏を離れ、ジェフへと移籍。一度FC東京に移ったものの、2012年に復帰し現在もレギュラーとして活躍中。

MF:山口慶

当時所属:名古屋グランパスエイト

現所属:引退

名古屋生え抜きのボランチとして知られ、若くして出場機会を獲得し後に選手会長も務めた。長く中心選手の一人であったが、2009年に契約満了でチームを離れ、ジェフ千葉に加入した。

レギュラーとしてプレーしていた時期もあったものの、2014年に現役引退を発表している。

FW:茂木弘人

当時所属:サンフレッチェ広島

現所属:福島ユナイテッドFC

当時はサンフレッチェ広島のスピードある若手ストライカーとして知られたが、2006年に移籍したヴィッセル神戸ではサイドバックにコンバートされ、プロの舞台で前線と最終ラインの両方をこなせる珍しい選手となった。

昨年限りでヴィッセル神戸を退団し、地元でもある福島に戻って新たなキャリアをスタートさせている。

FW:坂田大輔

当時所属:横浜F・マリノス

現所属:アビスパ福岡

この大会で4ゴールを決め、大会得点王に輝いた。アジアユースでは巨大な声を持つ大熊監督から「サンキュー坂田」という声がかかったことでも有名。

横浜F・マリノスで長くプレーした後、2011年にギリシャのアリスへと移籍。クラブの事情から短期間の所属に留まり、その後はFC東京を経てアビスパ福岡に入団した。

FW:阿部祐大朗

当時所属:横浜F・マリノス

現所属:引退

長身ながらも万能性の高いストライカーとして知られたものの、高卒で入団した横浜F・マリノスでは成功することが出来ずに終わってしまった。

モンテディオ山形、フェルヴォローザ石川・白山、徳島ヴォルティス、ガイナーレ鳥取と移籍した後、2011年に現役を引退。ウェディングプランナーに転身したことが大きな話題となった。

FW:宇野沢祐次

当時所属:柏レイソル

現所属:長野パルセイロ

柏レイソルの下部組織で育成されたストライカーであるが、Jリーグではあまり活躍出来ず。しかし2008年に北信越リーグのJAPANサッカーカレッジに入団してからは、下部リーグ屈指のストライカーとして大きな存在感を発揮している。

2010年に移籍した長野ではJFL昇格、J3昇格に貢献。今季開幕前は大きな怪我を負ってしまい、長野に激震が走った。

FW:平山相太

当時所属:国見高校

現所属:FC東京

この大会のメンバーで唯一の飛び級招集であり、そして唯一の高校生。2005年大会にも連続出場を果たした唯一の選手でもある。

圧倒的な体格を持つストライカーとして大きな注目を集めたが、Jリーグではなく筑波大学への進学を選択し、2005年にはオランダのヘラクレスへと移籍。チーム得点王の結果を残したものの、2006年秋にFC東京へと移籍した。

A代表ではこれまで4試合に出場。フルメンバーが帯同しなかったイエメンとのアジアカップ予選でデビューを果たし、この1試合でハットトリックを決めている。