ハリルホジッチ監督が創ろうとしているのは、臨機応変にプレーする賢いチームだろう。同胞オシムの志向に相通じるものがある。 (C) SOCCER DIGEST

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 イラクとの親善試合(6月11日)とシンガポールとのワールドカップ2次予選(6月16日)に臨む、日本代表選手25人が発表された。

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 プロジェクターを駆使したプレゼンに続く、記者との質疑応答の中で、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は今後のチームの方向性について興味深い発言をした。
 
「戦い方はどんな相手と戦うかによる」
「守備のブロックを高くするか、低くするかはピッチ状況にもよる」
 
 つまり指揮官は、「すべては状況による」と語っている。この状況には、具体的に対戦相手の実力、試合の重要性、天候、ピッチ状況、点差、残り時間など無数の要素が考えられる。
 
 要するにハリルホジッチ監督は、臨機応変にプレーするチームを創ると語っているわけだ。その上で彼は、こう述べた。
 
「過去の日本は、戦術に適合した戦いをしてこなかったのではないか」
 
 これは大勢でパスをつないで敵を崩そうとする、「自分たちのサッカー」への批判だろう。
 
 ハリルホジッチという監督は、サッカーがいつも思い通りにはいかないことを知っている。それはサッカーに限らない、人生訓といってもいいはずだ。
 
 ボスニア・ヘルツェゴビナで生まれた彼は、度重なる戦禍の中を生き抜いてきた。明日、いや、今日を生きられるかもわからない不透明で不安定な日々。こういうところで、きれいごとは通用しない。限られた条件を受け入れて、その中で知恵を絞って結果を出すしかない。
 
 臨機応変にプレーする。
 言葉にするのはたやすいが、日本人にとっては容易ではないはずだ。なぜなら私たちは、ボスニア・ヘルツェゴビナとは比較にならない恵まれた環境で生活しているからだ。
 
 鉄道やバスなどの交通網が張り巡らされ、遅延が少ない。至るところにコンビニエンスストアがあり、24時間、何でも手に入れることができる。
 こうした環境で暮らしていれば、臨機応変に振る舞わなくても損をすることは少ない。その結果、先回りして得を取る、ライバルの弱点を突いて利益を得るという発想が希薄になっていく。
 
 ハリルホジッチ監督は、どんな相手と戦い、どんな局面になっても正しい解決策を導き出せる「賢い」チームを創ろうとしている。
 それは敵がチョキを出せばグーを出し、グーを出せばパーを出すということ。敵の姿によって自分を変える、変幻自在のチームだ。
 
 ハリルホジッチの挑戦を見ていて、思い出す人物がいる。同郷の名将オシムだ。
 彼もまた、自分次第で物事を考えがちな日本人に向けて、他人次第の発想の大切さを説いていた。以下は、2007年に行なわれたアジアカップでの発言だ。
 
「ピッチ状態や対戦相手によってスタイルは変わる。もっとも気になるのは気温と湿度。高温多湿のところで誰が走れて、誰が走れないのか。気候が先発メンバーにも影響してくる。試合当日の気温で判断が変わるかもしれない」
 
 確固とした自分の色を持ちながらも、状況に応じて巧みに自分を変化させる――。
 オシムの挑戦は千葉では一定の成果を収めたが、日本代表では病に倒れたこともあって目に見える成果は出なかった。
 
 会見の中で指揮官は「日本のフットボールを変えなければいけない」と発言した。かつてオシムが目指した光景が、ハリルホジッチの視界に映っているのかもしれない。
 
取材・文:熊崎敬