豊富なメニューと手頃な値段設定で幅広い層から支持を得る定食屋チェーン大戸屋。

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豊富なメニューと手頃な値段設定で学生からサラリーマン、OLまで幅広く浸透している定食屋チェーン。その中でも特に高い支持を集めるのが「大戸屋」だ。

その勢いはすさまじく、すでに日本国内のみならずアジアを中心に海外でも86店舗を展開。14年3月期の売上高も過去最高を記録した。しかし“定食屋”としての本当の実力は、店の中をのぞいてみないことにはわからない。

そこで、本誌記者は大戸屋・武蔵小山店にて厨房取材を決行。大戸屋の店内調理のレベルを検証した。

武蔵小山店は駅前商店街の雑居ビルの2階にある。大戸屋の店舗は地下や2階以上のフロアにある店舗がほとんどだが、これは、「ひとりで食事しているところを見られたくない」という女性の心理を考えてのことだという。

午前8時、開店前の厨房は活気づいていた。野菜の仕込み担当はパートの40代主婦。大根の皮むきをしたり、三つ葉やニンジンを切ったり、キャベツを千切りしたり…。

手慣れた包丁さばきで、まな板には均一に切り分けられた野菜が見る見ると積み上がり、大きな保存容器に入れられて専用のシールをペタリ。そこには食材名と仕込み日時と消費期限日時が書き込まれた。

「食材の消費期限は保存容器をひと目見ればわかるようにしてあり、その日時までに使い切れなかったものはすべて廃棄します」(パート店員)

揚げ物の担当は、男性の外国人店員。鶏モモ肉にパン粉をつけ、フライヤーに入れた。

「これは、人気メニューの『チキンかあさん煮定食』用ですね。チキンかつを特製のオリジナルのタレで煮込む料理なので、事前にランチの必要枚数を揚げておきます。揚げてから2時間が大戸屋の消費期限になっています」

その時、厨房に聞き慣れない音が響いた。シュリン、シュリン、シュリン。この音は…?

「厨房機器メーカーに特注で作らせた鰹節削り機で、うどん・そばメニューのだしを取るために使うカツオの節を削っています。この鰹節は鹿児島県枕崎産で、冷ややっこなど各種メニューにトッピングするものは注文後に削ります。鰹節は空気に触れると酸化が進んで風味が損なわれるので、削り立てが一番おいしいんです」

他にも棒状にカットされた大根を筒の中に入れると数秒で大根おろしができ上がる大根おろし機、備長炭と遠赤外線のセラミックボールで肉や魚を焼く炭焼きグリラーなどメーカーと共同で開発したオリジナルの厨房機器が数多く、これらは品質にこだわる大戸屋の象徴ともいえる。

人気の肉メニューは「手づくりの味」にこだわった。大戸屋マーケティング企画管理部の島村利美氏がこう話す。

「肉は切った途端にうま味が流出し、解凍時にもうま味が抜けるので、大戸屋ではすべてチルド状態でブロックごと仕入れています」

店長もこう話す。

「豚肉はアメリカ産を使用していますが、空輸ではなく船便で仕入れています。アメリカから30日ほどかかりますが、その間に船内で肉が熟成されていくんです」

搬入された肉はしょうが焼き60g、トンカツ130gとマニュアルに合わせて一枚一枚、切り分けられていく。パート店員が目視で切っていたのだが、試しに一枚、トンカツ用スライス肉をはかりにかけると、129.8gとほぼピッタリ!

「ここで1年以上働いていますから、まぁ、経験と勘でわかりますよ」(パート店員)

大戸屋で働くパート店員は40代から50代の女性がほとんどで、開店前の朝9時から午後2時までの間に一日分の食材の下ごしらえをするのが通常だ。彼女たちは普段、主婦でもあり、もともとの調理技術が高い。もちろん、そうした厨房スタッフは他の外食店にも多くいるが、大戸屋の場合、働くモチベーションが少し違う。

精肉担当のパート店員たちに大戸屋を選んだ理由を聞くと、こんな答えが返ってきた。

「子供も手を離れたので、どうせ働くなら自分の実になることがしたかった。大戸屋で経験を積めば、料理のスキルも上がって家族を喜ばせられるんじゃないかと思って」

この母親たちの向上心が“家庭食の代行業”をうたう大戸屋の隠された力かもしれない。

一方、揚げ物や焼き物メニューは調理経験が乏しい男性のアルバイト店員も担当している。味にブレが生じることはないのか…?

大戸屋では味のブレを極力なくすためにメーカーと共同開発したオリジナルのタレと調味料を使い、レシピやマニュアルも“これさえ見れば誰でも同じ料理が作れる”というレベルで細かく作っているんです」(前出・島村氏)

マニュアルは全200ページほどにも及び、約30品目あるグランドメニューや期間限定メニューすべてのレシピが記載されていた。

内容は「チキンかあさん煮定食」のレンコンの場合、“短手方向に中心から0.5cm右側から、包丁を45度に傾けて、半カットする”

「特選大戸屋ランチ」の盛り付けについては、“コロッケは皿の外側に向け、竜田揚げはコロッケと高さを合わせる。ブロッコリーは頭を奥側に”

といった具合で驚くほど細かかった。確かに、これならバイトでも一人前に調理できそうだ。

モチベーションと調理レベルが高い母親たちに加え、アルバイトでも同じクオリティを出せるマニュアルの充実ぶり…。大戸屋の厨房にある“うまいの秘訣”は、決して突飛なものではない。しかし、素材、人、システムのひとつひとつが高いレベルにあるため、多くの客を惹き付けているのだ。

(取材・文/興山英雄 撮影/下城英悟)