村上ファンドの村上世彰代表が2006年6月5日、ニッポン放送株所得をめぐるインサイダー取引容疑をあっさり認めた。代表を辞めるばかりか、この業界からも引退するという。直前まで「無実」を訴えていたのに、なぜ一転「完全屈服」なのか。

   インサイダー取引容疑が浮上するきっかけになった本がある。06年4月に刊行された「ヒルズ黙示録」 (朝日新聞刊)だ。
   この事件は、ライブドアの04年秋のニッポン放送株取得にからむ。容疑は、ライブドアが大量に株を取得することを知ったうえで、株の売買を行ったというものだ。

アエラ・大鹿靖明記者の著書「ヒルズ黙示録」と、村上氏のニュースを伝える各紙。「物言う株主」、あっけなく市場から退場
アエラ・大鹿靖明記者の著書「ヒルズ黙示録」と、村上氏のニュースを伝える各紙。「物言う株主」、あっけなく市場から退場

   著者の大鹿靖明氏は朝日新聞「AERA」編集部記者で、IT業界を最も知るマスコミ人として知られている。「ヒルズ黙示録」は、ライブドア事件を中心にネット業界の裏側を追及している。出版は06年4月7日だったが、その5日後から登場人物が相次いで、東京地検特捜部に呼び出されたという。本の中には、村上ファンドがインサイダー取引をしたとも受け止められる記述が確かにある。

村上ファンドは特捜にハメられた?

   大鹿記者にJINビジネスニュースがインタビューすると、思わぬ答えが返ってきた。

「私が取材したかぎり、村上ファンドは特捜にハメられた感が強いんです。確かにライブドアにニッポン放送株を買うように煽りました。しかし、それがインサイダーかどうか」

   株保有報告書によると村上ファンドが最後に株を取得したのは05年1月5日。ライブドアが乗っ取りの意思決定をしたのが同2月8日。意思決定する前に取得を止めればインサイダーではない。村上ファンドは一般のイメージとは異なり法令順守には厳格で、弁護士、証券のプロ、税理士など専門家を配し、細部にわたってチェックしているため、今回のようなバレやすい過ちは犯すはずがないというのだ。それではなぜ特捜が動いたのか。

「ライブドア事件で大騒ぎしたものの、粉飾決算程度しか掴めず 『なんで上場廃止に追い込んだ?』という批判が出ています。これをかわすため、別の事件で世間の耳目を引かなければならない。その格好のターゲットが村上ファンドだったのでしょう。そして戦前の関東軍の青年将校のように、犯罪かどうかは関係なく犯罪のストーリーを勝手に作ってしまう。今回の場合は、ライブドア側がニッポン放送株の取得を決定したのは株保有報告書よりもっと前だ、というストーリーを作った。私の取材ではそんな事実はみつかっていない」

   しかし、村上氏はインサイダーを認め謝罪し業界からも引退するという。なぜこうもアッサリと引いてしまったのか。
   今回の「降伏」の背景については、ファンドのお客の「情報」を検察に話すことで、情状酌量してもらった、という「取引説」が一部で囁かれている。しかし、大鹿記者は別の見方をする。

オリックスの宮内義彦オーナー、日銀の福井俊彦総裁との関係
「裁判をすれば長期化する。すると、知られたくないような事まで検察やマスコミに追及され、驚くような事実や推測がボロボロ出てくるかもしれない。村上氏は人間関係を大切にしますから、世話になった人にまで事件追及の被害が及ぶのを嫌がったんだと思います。村上氏はライブドアの堀江被告と対照的です。堀江被告は事件について否認を続け、自分が助かれば周りの仲間や恩人まで犠牲にしてもかまわない、というような対応でしたが、村上氏は『全て自分の責任』として罪を被り、周りの人間を守ろうとしたのでしょう」

   村上氏が守ろうとしたのは滝沢建也、丸木強といった共に経営を支えてきた村上ファンド副社長。また、村上ファンドの設立と経営に大きく関与していたオリックスの宮内義彦オーナー。アドバイザーになっていた日本銀行の福井俊彦総裁も含まれるのではとしている。
   しかし、村上ファンドは総会屋、乗っ取り屋などとも揶揄され、日本の悪しき拝金主義の象徴のようにマスコミ報道されることも多かった。今回の謝罪で溜飲を下げた人も多かったに違いない。
   「今回の事件で日本の金融界や企業はどんな影響を受けるのか」という質問に対し、大鹿記者は、こう答えた。

「今でさえファンド後進国の日本なのに、さらに5年前にセットバック(後退)するでしょう。中国、インドとの差も広がり、気が付いてみたら…ということになりかねません」

   『物言う株主』が退場し、ぬるま湯経営者がぬるま湯のまま存続していく。そんな危惧を抱いている。