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5月閉館、交通博物館よ、よき思い出をありがとう

5月閉館、交通博物館よ、よき思い出をありがとう
交通博物館で13日、別れを惜しむ大人たち。子どもはただ無邪気に遊ぶ。(撮影:穂高健一)
【PJ 2006年01月14日】− 70年の歴史をもつ交通博物館が今年の5月14日で万世橋から消えていく。『交通博物館さようならキャンペーン』が去年の12月16日から開かれている。万世橋駅の遺稿が特別公開になった今月11日から、名残を惜しむ鉄道ファンの入場者が急増している。

 ここ数年の入場者は約35万人である。交通博物館は多くの人々に愛されていながら、なぜ移転を? という質問を同博物館の齋藤学芸員に向けてみた。
「ひとつは建物の老朽化です。それと展示スペースが手狭になったことがあげられます。いま現在、展示する実物車両は8車両ですが、新しい鉄道博物館には35両の実物車両が展示されます。なお、収蔵資料は約28万点ありますが、展示中の資料は約2000点ていどです」と説明する。

 1921(大正10)年に、鉄道博物館が東京駅北側に開館した。これが前身である。その後、関東大震災で被災し、貴重な資料を焼失しながらも存続してきた。1936(昭和11)年には、万世橋駅と併設した鉄道博物館が開館し、やがて「交通博物館」と名称を変えながらも、70年間の歴史を積み重ねてきた。

 蓄積された豊富な鉄道資料のなかで、入館者から多い質問はなんですか? 「古い時刻表の関係です。自分史を書いている人などから、当時は何時間かかったか、それを知りたい、というものです」と語った。
 
 PJがかつて終戦直後の体験談を取材した折、青森県八戸駅から大混雑の車中で苦労しながら上野駅にきたと聞いたことがある。この点を自分史に綴るとなれば、曖昧な記憶よりも、正確な所要時間で書き残したいのだろう。「集団就職列車の場合は臨時ですから、こちらの館には記録がほとんど残されていません」と齋藤学芸員は付け加えていた。

 館内で、数多くの聞き取りをしてみた。神奈川県・仲井町の60代の西郷力さんは、高校時代に、この博物館に来たのがきっかけで大の鉄道フアンになったという。いまでは江ノ電の800型車両をもらい受け、タブレット、信号機など各種部品を集めた私的資料館を静岡県・裾野市に持つ。西郷さんには、あえて交通博物館の見学、お勧め順位をつけてもらった。齋藤学芸員の説明や館内資料で補いながら聞いた。

 「館内の見どころ一番は、日本ではじめて新橋と横浜の間を走った蒸気機関車ですよ。イギリス製の1号機関車です」。この機関車は島原鉄道で現役を終えた。スクラップになるところ、この交通博物館に引き取られてきた、危機一髪の経緯がある。いまでは重要文化財に指定されている。

 「次ぎの見どころは、修学旅行用電車(実物大レプリカ)でしょうね。東京近郊の中学生にとって大阪や京都に行った、よき思い出の列車ですから」。これは西郷さんの郷愁のようだ。昭和50年ころは入場者が年間80万人で最大のピーク。交通博物館は地方からの修学旅行コースだった。現在では台場、ディズニーランドなどと見学先が分散化してきたことから、影響を受けて約35万人である。

 「見逃せないのは皇族の使った1号御料車(初代)です。当時の、技術の最先端をいく豪華な内装です。ただ車両に入った見学ができないのは残念」。万世橋駅遺稿を見てきた西郷夫人が割り込み、「建物が重厚で、すばらしかったわ。マンセイということばの響きが良いですね」と感慨深く語っていた。

 函館からきた10代の鉄道ファンのふたりは、函館発の北斗星が雪のために八戸駅で打ち切りになったが、あきらめず新幹線に乗り換えてきたという。交通博物館だけが上京目的。魅力はシミュレータだという。「新幹線、山手線の運転席に座り、スクリーンを見ながらリアルな感じで運転できる。すばらしい。ほかの博物館にはないものです」。施設、保安、表示機、乗車券発行機などはすべて本物。手で触れて確かめられる。それが何ものにも変えがたい、鉄道フアンの心の奥底をくすぐるものだという。

 さいたま市の20代の塚田さんは駅ポスターで知り、交際する彼女を誘ってきていた。想像よりも歴史を感じる博物館だという。スイッチバック、関門の海底トンネルの断面図などに見入る彼女は、できれば関門トンネルに行ってみたいという。川崎からきた20代男性の近藤さんは仲間と三人連れである。いろいろな電車が走るここですよ、といって模型鉄道パノラマの実物に似た運転に見入っていた。

 『記念品コーナー』の売り子の女性に聞いてみた。「オムツが取れない子どもが、500系とか、700系とか、電車の名がいえる子がいるんですよ」。鉄道フアンは幼児のころから、芽生え、育つようだ。渋谷の60代の川辺さんは、小学四年生の社会科見学できたとき、D51の実物の大きさに驚いた、それがいまだに忘れられないという。思い出の建物が消えるのは淋しいとくり返し強調する。交通博物館の跡地利用はまだ決まっていないようだ。

 埼玉県・上尾市からきた30代の小森さん夫婦は京都出身で、梅小路公園で機関車に乗って遊んだという。幼子は自宅近くの踏み切りで、タンクの貨物車をみるのが好き。大宮に博物館が移ってくれば、子どもが喜ぶし、安全だから、きっと足しげく通うだろうという。移転先の大宮は2007(平成18)年秋に開館を予定。JR東日本の管轄で『鉄道博物館』という呼称になる。常設はすべて鉄道関係のみ。敷地は約7倍、展示室は2倍である。実物の車両は30車両ほど展示される計画である。

 万世橋の『交通博物館』に展示されている船舶やバスや飛行機がどこの博物館や団体に行くか、未定である。部品の販売予定はないようだ。「交通博物館よ、ありがとう、さようなら」ともう一度いいたい。【了】

※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 穂高 健一【 東京都 】
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