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東京の青空に、世界一の巨大な凧が舞う

東京の青空に、世界一の巨大な凧が舞う
8日、晴海会場で、ニューランド人・スタッフたちが凧揚げの指導を行った。(撮影:穂高健一)
【PJ 2006年01月09日】− 1月8日の東京・晴海は澄みきった青空で、穏やかな微風があった。幅45メートル、高さ20メートル、面積1000平方メートルと世界最大の凧が、成人式の祝いとして揚げられた。巨大な凧は、和紙でできた日本凧と違い、四方の骨がなく、空に漂う鯉のぼりの雰囲気に似ていた。

 スタートは午後1時半。『日本の凧の会』のはっぴを着た約100人が真横にならび、世界一の凧を両手で掲げる。凧の四方から糸目(約12ミリ径のロープ)22本が1カ所に集まり束ねられる地点では、東京支部の須賀さんが采配を振るう。
  
 巨大な凧を揚げるには秒速3メートルから8メートルの風を必要とするが、この日は風力不足。30分、40分と経過したが、思うような風が吹かなかった。「明日もあるさ」という声も出てきた。東京・中央区後援のこのイベントは8日、9日の2日間ある。両日のうち一度だけでもいいから、東京で世界一の凧を揚げたい、という念願のことばでもあった。

 昨年3月のクウェートで、石油富豪が所持する世界最大1000平方メートルの凧が揚がった。すぐにアメリカが続いた。『日本の凧の会』の茂出木会長(2代目)が日本でも、ぜひ世界一の凧を揚げたいと、自費でニュージーランドのピーター・リン・キット・ファクトリー社に発注したのだ。製作費用600万円。空輸による搬送費は46万円。完成したのがちょうど1カ月前。これで世界最大の同一の凧が3枚できあがった。

 「凧はお目出度いときに、祝って揚げるもの。世界一の凧揚げ大会は、成人式のお祝いに合わせました」と茂出木会長が経緯を説明した。製作デザイナーのピーターさんに、会場で質問を向けると、凧の自重は250キロで、製作には延べ750時間を要したという。
 
 風を待つこと1時間あまり。やっと風が出てくると、巨大な凧が5メートル、10メートルと舞うように揚がっていった。会場は拍手喝さい。図案は、日の丸の赤と江戸時代からの伝統敵な月波ウサギだった。感無量という会長に、図案がなぜウサギかという質問を向けると、「私の干支が『ウサギ年』だから。ことし六十何歳かな」と曖昧にしながらも、成功の笑顔で答えていた。

 青森県からきた佐藤とく子(全米凧芸術協会国際委員)さんは、国内外を問わず凧づくりの第一人者で、かつて南極の昭和基地の隊員に津軽凧を贈ったことがある。また、テキサス大学の夏期公開講座で九年間にわたり、凧の作り方の指導してきた、国際的にも著名な凧のスペシャリストである。佐藤さんから晴海に舞った巨大な凧について特徴を聞くことができた。

 「田んぼ一枚(約1000平方メートル)分の全体が、実にきれいに出来上がっています。ナイロン製の凧は縫い合わせが難しいんです。糊はつかないし、針一本で破れてしまうでしょ。この世界一の凧はバランスがよく最上の出来栄えです」。

 それに『日本の凧の会』の皆はよく揚げたという。風を入れて揚げる袋ダコ(口を大きく真横に開けた形状)は、一度に風を通すので、揚げるのは難しいと強調していた。ちなみに佐藤さんが作った和紙の津軽凧の最大は高さ10メートル、幅6メートル(青森県民文化祭で展示)である。和凧は色合いを愉しむことから、墨や絵の具を使う。

 「洋ダコは12色の絵柄を使っているとすれば、12枚の色ビニールをすべて張り合わせてから、必要な色まで剥ぎ取るんです」と制作方法を教えてくれた。

 世界一凧は大きな割に、あまりゆれない。青空にゆったり、ゆったり舞う。相模原から、7歳の孫を連れてきた渡部さんは、「予想していたよりも大きい。日本でも、韓国でも伝統的な凧はあるが、大きく目立つ西洋凧が各国の風潮になっているみたいだな」と感想を述べた。

 目黒区の小野さんが家族三人で洋ダコをあげにきていた。手製の凧を100メートルほど揚げ、4歳の子どもを愉しませる。横目で見ながら、「世界一の大凧は見事ですね」と賞賛していた。「うちの子はまだ幼いから、洋凧を揚げる糸を引くときだけが楽しいみたい。天に揚がると飽きてしまう」。4歳児は、ゆったり漂う巨大凧にはまったく無関心な様子で駆けまわっていた。

 『日本の凧の会』では、もうひとつのイベント『タコ作りきょうしつ』が行われていた。会場は晴海トリトンスクエアのグランド・ロビーで、こちらも8、9日の二日間である。一日4回、先着40人で、小学生以下。入りきれない子もいるほど盛況だった。

 三人のベテラン指導者があたる。会場のテーブルでは、親に付き添われた子どもたちが、はさみ、マジック、ボンドを使いながら、B4サイズの和紙のエイ凧を作っていた。大人が熱く夢中になり、パパばかりが作っている、と泣き出す子がいた。

 横浜からきた指導者の角谷(つのたに)さんは、大手自動車メーカー(試作車の組み立て)を退職後からの20年間ほど、タコ作りに取り組んできたひとである。「女の子は丁寧に作る。男の子は乱暴だが、舞い上がると迫力がある」という角谷さんに、凧のあげ方のコツを聞いてみた。

 「糸を引いて駆け出すよりも、タコの背中から風をもらえ。これですね。ただ大人でも、凧作りは右に揚げるひとと、左に揚げるひとと、作り癖があるんです」。

 夕方3時過ぎになると、晴海会場では世界一の凧が明日に備えて丁寧に畳まれていた。近くでは中央区にすむ山名さんが、『タコ作りきょうしつ』で作ってきた、4歳のわが子が描いた自画像の『リコちゃんの顔』の凧を揚げていた。

 佐藤とく子さんが、戦後の津軽では津軽凧の〈ぶんぶんの音〉が爆撃機に似ていることから、タコ揚げ禁止令が出たことがあるんです、と語っていた。東京の空にも爆撃機が飛んできた歴史がある。それが信じられないほど穏やかな青空の下で、4歳児の自画像の凧が舞う。この子の成人式の日も平和であって欲しいと願う。【了】
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 穂高 健一【 東京都 】
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