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東京下町冬の風物詩!中川沿いの巨大ユズ

東京下町冬の風物詩!中川沿いの巨大ユズ
東京下町の中川沿いにある宮尾家の冬の風物詩、「獅子ユズ」。1個1.5キロもある (撮影:西原健次)
【PJ 2005年12月07日】− 中川は東京下町、葛飾区の中心を流れる一級河川である。その護岸道路では朝夕、ウォーキングやランニングの人たちで賑わう。コンクリートの路面には200メートルごとの距離表示板が埋めこまれている。奥戸橋から平和橋の両岸を一回りしてくれば、約3.5キロである。

 戦前の中川は名高い桜土手だった。1947(昭和22)年9月のカスリーン台風で、上流にある大利根川町の土手が決壊した。その濁流が45キロ下流の葛飾区や江戸川区一帯にまで襲いかかった。ゼロメートル地帯の葛飾では、道路を行き来するに小舟が使われた。飲料水をもらう列が延々と続いたという。

 区内の四ツ木にある川魚料理店の老舗・玉子屋には店内に、60年近く経ったいまもカスリーン台風の写真が掲げられている。暖簾をくぐったどの客の目にも、台風被害の写真が飛び込む。古びた災害写真だけに、店内の装飾品としては見栄えが良くない。しかし、代々の店主が「災害は、忘れたころにやってくる」と界隈の客に訴えつづけているのだ。

 カスリーン台風の災害後、治水対策が推し進められてきた。両岸の桜並木が伐採され、コンクリート護岸が1975(昭和50)年に完成した。背丈の低いツツジが植えられたけれども、緑の少ない殺風景な土手になってしまった。そのなかにあって、右岸沿いで目をひくのが、数々の古木が目立つ宮尾家の庭である。最も古い樹がザクロだった。

 カスリーン台風の二年後、宮尾家がこの地にゴム工場を興した。当時は樹齢40年余のザクロも越してきた。いまや樹齢100年を越えた老ザクロとなったが、幹に樹洞をみせながらも、現役として、つよい生命力でがんばっている。

 1999(平成11)年に宮尾家の住まいが建て替えられたとき、仲間入りしたのが、当時はめずらしかった樹齢5−6年の柑橘類の「獅子ユズ」である。地場の小野寺造園の植木職人が新築祝いで寄付してくれたものだという。ユズの実の大きさはカボチャくらい。計量してみると、一つが1.2キロ、もう一つが1.5キロあった。それらが一本の樹に13個も鈴なり。それは見事なものである。とくに晩秋から初冬は見ごたえがある。朝日が中川の対岸から昇ってくると、この巨大な実が黄金色で輝く。

 小野寺造園で、この獅子ユズの由来について聞くことができた。6年前、職人は品種改良されて間もない、獅子ユズを問屋で見つけた。めずらしい植木が好きだし、迷わず仕入れてきた。宮尾家の庭ならば、護岸を行き交う大勢の目に触れるし、一緒に愉しめるから、新築祝いに名を借りて植えたのだという。ずいぶん粋な計らいである。
 
 カスリーン台風から半世紀以上が経つ。水害や桜土手を知る住民はもはや少なくなった。それでも、店内に災害写真を掲げたり、護岸道路から見ると心がなごむ新たな風物を作ろうとしたりするひとがいる。下町気質はまだ継承されているようだ。【了】 
※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 穂高 健一【 東京都 】
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