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モスクワ五輪ボイコットの真相(1)

【PJ 2005年11月01日】− <激動五カ月間のドキュメント>
まえがき −真相を追って−

1980年(昭和55年)5月24日。この日は、日本スポーツ界にとって絶対に忘れてはならない日である。それは何故か?

 日本オリンピック委員会(JOC)はこの日の臨時総会で、その年の7月19日より8月3日までの16日間、当時のソビエト社会主義共和国連邦の首都・モスクワ市を主会場にして開催される第22回オリンピアード競技大会に、ナショナル・エントリー(国別参加申し込み)しないことを決めた日だからである。換言すると、通称モスクワ・オリンピックに日本代表選手団を派遣しないこと、直感的な表現をすればボイコットすることを機関決定してしまったのだ。

 このことは厳然たる事実で、今後何年経っても消えることはないし、変わるはずもない。だが、”光陰矢のごとし”とは恐ろしいもので、この事件から3〜4年後には、早くも事実を歪曲しようとするJOC関係者が出現した。そして現在では、さらに尾ヒレがつき、これがまかり通っている感じがする。何故そのようなことが起こるかといえば、当事者の日本体育協会(日体協=体協)、JOCがモスクワ・オリンピックをボイコットしたことに関しての詳細な記録を意識的に残していないことと、本当の意味での総括をしていないからだと思われる。

 日本におけるモスクワ・オリンピック・ボイコットの真相の全貌を、脚色せずに事実だけを記録し残しておく必要があると痛感したのは、前記したように、事実が歪曲して伝えられ始めたときである。だが、その時点までは、あれほど日本国中を騒がせた大事件であるだけに、事実をそのまま伝える作業を誰かがやってくれるだろうと楽観視していた。【つづく】

■関連ブログ
伊藤公(いとう・いさお)の『モスクワ五輪ボイコットの真相』

■関連書籍
小田光康著、「スポーツジャーナリスト」という仕事

※この記事は、PJ個人の文責によるもので、法人としてのライブドアの見解・意向を示すものではありません。また、PJはライブドアのニュース部門、ライブドア・ニュースとは無関係です。

パブリック・ジャーナリスト 伊藤 公【 東京都 】
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